早河シリーズ完結編【魔術師】
 できればこのまま、佐藤や貴嶋と関わりを持たずに美月には平穏な暮らしを送って欲しい。それが真紀の願いだ。

 突如、木村家の固定電話が鳴り響く。美夢の相手を比奈と真紀に任せて美月は受話器を持ち上げた。

{突然のお電話申し訳ありません。ひかり幼稚園の峰山《みねやま》です}
「峰山先生? あの、斗真に何か……。熱でも出ましたか?」

峰山は斗真が通っているひかり幼稚園の主任教諭だ。

{その……斗真くんがいなくなってしまったんです}
「……いなくなった?」
{午前中にクラスの皆で公園に出掛けたんですが、帰りのバスに乗る時に斗真くんだけがいなくて……職員で公園の周りを捜したのですが斗真くんはどこにも……申し訳ございません!}

 峰山教諭の声は泣き出してしまいそうに震えていた。目眩を起こしてふらつく美月をいつの間にか傍らにいた真紀が支えた。

「美月ちゃん、代わるわ」

放心する美月の代わりに真紀が峰山教諭との通話を引き継いだ。


        *

 早河真愛が通う区立東中野小学校は、今日も元気いっぱいな生徒達の笑い声が教室に溢れている。

給食を食べて昼休みに掃除を終えると、真愛達1年生は下校時間だ。帰りのホームルームで今日行われた漢字の書き取りテストが返却された。

「早河真愛ちゃん」
「はいっ!」

 担任の佐竹明美に呼ばれた真愛は元気よく返事をして席を立った。教壇に立つ佐竹教諭からテスト用紙を返却される。

「100点です。真愛ちゃんよく頑張ったね」
「ありがとうございます!」

すべての答えに丸印がついた100点のテストを受け取って真愛は席に戻った。
今日は体育の授業でもリレーで真愛のチームが1位になった。漢字テストは100点がとれて、とても気分がいい。

「みんな気を付けて帰ってね」
「先生、さようならー!」

 佐竹教諭に挨拶して生徒達が教室を飛び出して行く。真愛もランドセルを背負って友達と教室を出た。

「ねぇ、さとちゃんのパパはさとちゃんと遊んでくれる?」

歩道橋の上で真愛は友人の里美に聞いた。里美はポニーテールを揺らして頷く。

「うん。でも遊んでくれるのはパパがお休みの時だけだよ。いつもは、さとが寝ちゃってから帰ってくるもん」
「そっかぁ」

 どこの家の父親も同じようなものかもしれない。真愛の父親の早河も、真愛が就寝してからの帰宅が多い。

昔はもっと父と一緒に居られたのに、真愛が小学生になってからは父と一緒に夕食も食べられない日が続いている。
父の仕事を応援していても、まだ父親の恋しい小学生の真愛にはそれがとても寂しかった。

「じゃあね! まなちゃん!」
「ばいばーいっ!」

 歩道橋を降りて、二人がいつも別れる十字路の手前で真愛と里美は手を振り合う。里美は右に曲がり、真愛は十字路を真っ直ぐ進んだ。

黒いワゴン車が速度を落として真愛の背後に近付いてくる。十字路の途中で真愛の姿は忽然と消え、代わりに黒いワゴン車が十字路を走り去った。
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