早河シリーズ完結編【魔術師】
 東京都港区、JSホールディングス本社九階。
会議に出席していた木村隼人は、スーツのポケットで振動するスマートフォンを取り出して机の下で画面を確認した。着信表示は上野恭一郎。

佐藤か貴嶋の件で進展があったのかもしれない。

 緊急の連絡が入ったと告げて隼人は会議を中座した。会議室の外に出て、いまだ振動を続けるスマホ画面をタップする。

{仕事中にすまないね}
『何かあったんですか?』

切羽詰まった上野の様子に胸騒ぎがした。

{斗真くんが誘拐された。今日の昼前に幼稚園の先生やクラスの子達と公園に出掛けたそうだ。そこで斗真くんだけがいなくなっていた。すぐに周辺の捜索をしたが、斗真くんは見つからなかったよ。有力な目撃情報もない}

 目の前が真っ暗になる感覚に陥り、立っているのもやっとだった。隼人は壁にもたれて項垂れる。

『美月はどうしていますか?』
{一緒に斗真くんを捜していたんだが、さっき家に帰したよ。これはただの誘拐事件じゃない。早河の娘の真愛ちゃんも学校の帰りから行方がわからなくなっている}
『真愛ちゃんも?』

 早河の娘の真愛とは、2年前の麻衣子の結婚式の時に顔を合わせている。あの天真爛漫な少女も突然いなくなった。
二人の子どもが同時に消えた。これは偶然ではない、必然。

{おそらくどちらも貴嶋が関与しているだろう。間もなく捜査本部を立ち上げて正式な捜査の許可が下りる。美月ちゃんには今はうちの小山がついているが、君が側にいてやるのがあの子には一番いい}
『わかりました。仕事の方はなんとかして、すぐに家に戻ります』

 息子の誘拐となれば、どのみち仕事をしている場合ではない。会議終了予定時刻まであと20分。
隼人は動揺を悟られないようポーカーフェイスの仮面を作って、会議室の扉を開けた。

とにかく自分の代わりはいないこの会議だけはこなさなければ、家にも帰れない。

 人生で最も長く苦痛な20分間をやり過ごして、真っ先に上司の田崎部長に早退と有給休暇の申請を願い出た。

『休暇は自由だが、お前が抜けて例の新製品プロモーションは大丈夫なのか? プレゼンまであまり時間がないぞ』
『問題ありません。うちのチームには優秀な奴らが集まっています。必要があればチームに指示は出します』

田崎は怪訝に眉を寄せてデスクの前に立つ隼人を見上げた。

『俺はお前の仕事ぶりを評価してる。お前の率いるチームなら大丈夫だろうが、今日の早退理由はなんだ? 具合が悪そうには見えないが』
『妻が倒れて病院に運ばれたと先ほど連絡がありまして……』

あながち嘘ではない。田崎はそれなら仕方ないと言った顔で早退と有給休暇を許可した。
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