早河シリーズ完結編【魔術師】
 矢野一輝は黄色の看板がトレードマークのファミリーレストランの扉を潜った。ここで妻の真紀と落ち合う約束になっている。

真紀と交際する前、矢野が無理やりこぎつけたデートで待ち合わせに使っていた思い出のファミレスだ。

 ファミレスの席ですでに彼女は待っていた。大好物のチョコレートパフェを黙々と頬張る真紀の向かいに矢野は座る。

『大樹《ひろき》やっと寝た。今日は寝つきが悪くて参ったよ』
「あの子、私か一輝のどちらかが家にいない日はいつも寝つきが悪いのよね」

真紀と矢野の二人の息子は長男が陽輝《はるき》、次男が大樹《ひろき》。保育園の年長組の陽輝と3歳の大樹は、二人ともやんちゃ盛りで父親の矢野ですら手を焼いている。

真紀は着替えの入るバッグを矢野から受け取った。家に帰って息子達の寝顔を見たいが、今夜は徹夜で張り込みだ。

『本部の指揮官、“あの”篠山恵子だって?』
「そう。会議の空気が史上最悪」

 顔をしかめた真紀の口元にはパフェのクリームがついている。勇敢な刑事の時とは違う、少し抜けた部分のある真紀がいつまでも可愛らしくて矢野は微笑した。

『篠山恵子は上野警視の周りの女をすべて敵視してるって昔言ってたよな』
「私も何度も睨まれた。公私混同もいい加減にしろって! おまけにうちの新人は上野警視と美月ちゃんの関係を変な風に勘ぐるし……どいつもこいつもそんなこと言ってる場合かっ!」

テーブル越しに矢野の手が伸びて、スプーンを持つ真紀の手を掴んだ。たった今、彼女がすくったパフェの一部が矢野の口に運ばれる。

彼はチョコムースとチョコクリーム、バニラアイスの混ざる甘ったるい味を口内で咀嚼して飲み込んだ。

『……甘い』
「パフェなんだから当たり前でしょ」

 空になった銀のスプーンに真紀の赤い顔が映り込む。恋人時代も結婚してからも、矢野は時たまこちらがドギマギする行為を予告なしに実行してくる。非常に心臓に悪い。

『本当は口移しで食べたいけどねぇ。後でパフェ味のちゅーする? パフェより甘い味のするキスを提供しましょうか?』
「ばーか」

 パフェより甘い矢野の口説き文句に機嫌を良くした真紀が笑った。彼女に憤慨した怒りの形相は似合わない。
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