早河シリーズ完結編【魔術師】
 早河家のリビングに差し込む光は弱々しい。太陽は姿を見せてもすぐに厚い雲の裏側に隠れてしまう。
今日の真冬の空は今の自分の心に似ていると、なぎさは思った。

{今の時期ならお子さんがインフルエンザになったと言えばいいよ。インフルなら1週間休んでも不思議じゃないしね。編集長には俺からも上手く言っておく}

スマホの通話相手はなぎさの勤め先の二葉書房の同僚、金子拓哉。

「ご迷惑おかけして申し訳ありません」
{気にしないで。娘さんのことを第一に考えてあげて。俺は何もできないけど……真愛ちゃんの無事を祈ってる。香道さんには早河さんがついているんだ。大丈夫だよ}

 なぎさは旧姓の香道なぎさ名義で仕事をしている。二葉書房入社以前から関わりのある金子も、呼び慣れた旧姓で彼女を呼んでいた。

娘が体調不良で数日欠勤すると上司には偽りの欠勤理由を述べたが、改めて金子に詳しい事情説明の連絡を入れた。

夫の早河の職業も犯罪組織カオスのことも知っている金子にだけは、欠勤理由の真実を伝えた。

 金子とのやりとりの後、通話の切れたスマホをテーブルに置く。眠った気のしない重い瞼を抑えてなぎさはソファーに沈んだ。

「休みもらえた?」

友人の麻衣子がトレーにティーカップを載せて運んでくる。妊娠している身の麻衣子に気を遣わせてしまい、申し訳なく感じた。

「うん。真愛がインフルエンザってことにしてとりあえず1週間の休みはなんとか貰えた。編集部に金子さんがいてくれて助かったよ」
「そっか。職場で事情を知っている人がひとりでもいるだけで心強いものね」

 麻衣子は自身の下腹部の膨らみを撫でた。なぎさも彼女の膨らみに触れる。この中で育まれている命は外の世界で起きている出来事を何も知らずに、今この瞬間も成長を続けていた。

「麻衣子、こっちに呼んじゃってごめんね。本当は美月ちゃんの方にも行きたいよね」

麻衣子は真愛と共に誘拐された斗真の父、木村隼人の幼なじみでもある。

「何言ってるの。もちろん美月ちゃんも隼人のことも心配だよ。だけど隼人も仕事休んで美月ちゃんの側についてるから。美月ちゃんには隼人がいるけど、早河さんは事件の捜査でなぎさの側にはいられないでしょ。早河さんの代わりにはなれなくても、少しくらいは私もなぎさの力になりたいよ」

 早河家と木村家の双方と交流がある麻衣子の正直な気持ちだった。美月には隼人がいる、でも探偵として貴嶋を追う早河は、なぎさの側にいられない。

「ありがとう」
「水くさいこと言わないの。お茶冷める前に飲も?」
「うん」

 麻衣子が淹れた温かい紅茶に手を伸ばした時、首につけているネックレスが揺れる。
ネックレスチェーンを通した金色の指輪がなぎさのデコルテの上で輝いていた。
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