早河シリーズ完結編【魔術師】
杉並区 荻窪《おぎくぼ》の住宅街に佇む古びたアパートの前で早河は立ち止まった。築40年以上の今にも崩れ落ちそうな外観の単身者向けアパートだ。
文明がどれだけ進化を遂げても、このような住宅はいまだに残り続けている。このような住宅をわざわざ選ぶモノ好きな人間が一定数存在するからだ。
早河は103号室の扉を叩いた。このアパートには呼び鈴も存在しない。共有通路に設置された洗濯機が、ガタガタと胴体を揺らしながら動いている。
アパート同様に古びたこの洗濯機も、今にも壊れそうだ。
『誰だ?』
扉の向こうからくぐもった声が聞こえた。午前10時は夜行性の人間にとっては就寝中の時間だ。
『早河だ』
名を名乗ると、一瞬の息を呑む気配が扉越しに伝わる。仕方なく開けてやったと言わんばかりに開いた扉から、目付きの悪い坊主頭の男が顔を出した。
『何か用か?』
『お前に聞きたいことがある』
『俺は何も知らない』
『おいおい。まだ何も聞いてないだろ』
早河は細く開いた扉の隙間に足を入れ込み、さらに身体を滑り込ませて男が扉を閉められないようにした。
『相変わらず拳銃売りさばいてるんだな。景気はどうだ?』
男は答えない。無言の男に早河のさらなる追及の手が伸びる。
『9年前にお前はカオスに拳銃を流していた。貴嶋が脱獄してからも、貴嶋相手に取引してるんだろう?』
『知らんな』
『おかしいな。貴嶋とお前が一緒にいる現場を見たって証言があるんだが。他人のそら似か?』
スカリツリーのふもとの蕎麦屋店主の熊野からの情報だ。男はまだ黙っていた。無言は肯定の証ともとれる。
『なら話を変える。べリアルとダンタリオン。この名前に聞き覚えは?』
男の表情の強張りを早河は見逃さない。早河の睨みに堪えきれずに男は舌打ちして坊主頭を掻いた。
『べリアルは名前だけは知ってる』
『どこで知った?』
『……貴嶋との取引の最中に電話がかかってきてな。奴がその名前を呼んでいた』
『ほう。やっぱり貴嶋と取引してたんじゃねぇか。嘘つきはエンマ大王に舌抜かれるぞ』
早河はシガレットケースから一本抜き取った煙草を男に勧める。
文明がどれだけ進化を遂げても、このような住宅はいまだに残り続けている。このような住宅をわざわざ選ぶモノ好きな人間が一定数存在するからだ。
早河は103号室の扉を叩いた。このアパートには呼び鈴も存在しない。共有通路に設置された洗濯機が、ガタガタと胴体を揺らしながら動いている。
アパート同様に古びたこの洗濯機も、今にも壊れそうだ。
『誰だ?』
扉の向こうからくぐもった声が聞こえた。午前10時は夜行性の人間にとっては就寝中の時間だ。
『早河だ』
名を名乗ると、一瞬の息を呑む気配が扉越しに伝わる。仕方なく開けてやったと言わんばかりに開いた扉から、目付きの悪い坊主頭の男が顔を出した。
『何か用か?』
『お前に聞きたいことがある』
『俺は何も知らない』
『おいおい。まだ何も聞いてないだろ』
早河は細く開いた扉の隙間に足を入れ込み、さらに身体を滑り込ませて男が扉を閉められないようにした。
『相変わらず拳銃売りさばいてるんだな。景気はどうだ?』
男は答えない。無言の男に早河のさらなる追及の手が伸びる。
『9年前にお前はカオスに拳銃を流していた。貴嶋が脱獄してからも、貴嶋相手に取引してるんだろう?』
『知らんな』
『おかしいな。貴嶋とお前が一緒にいる現場を見たって証言があるんだが。他人のそら似か?』
スカリツリーのふもとの蕎麦屋店主の熊野からの情報だ。男はまだ黙っていた。無言は肯定の証ともとれる。
『なら話を変える。べリアルとダンタリオン。この名前に聞き覚えは?』
男の表情の強張りを早河は見逃さない。早河の睨みに堪えきれずに男は舌打ちして坊主頭を掻いた。
『べリアルは名前だけは知ってる』
『どこで知った?』
『……貴嶋との取引の最中に電話がかかってきてな。奴がその名前を呼んでいた』
『ほう。やっぱり貴嶋と取引してたんじゃねぇか。嘘つきはエンマ大王に舌抜かれるぞ』
早河はシガレットケースから一本抜き取った煙草を男に勧める。