早河シリーズ完結編【魔術師】
 新宿三丁目の大型映画館、新宿シアター21は最上階の九階までが吹き抜けの構造になっている。矢野一輝はロビーの柱の裏に身を潜めた。

矢野がいる一階メインロビーには売店とチケットの自動発券機、ロビー中央にはエスカレーターがある。

 警視庁捜査一課の芳賀敬太と土屋千秋はカップルを装って私服姿で三階に待機している。同じく捜査一課の杉浦誠は六階、陣頭指揮をとる上野恭一郎は入り口手前に、他にも捜査一課の私服姿の刑事達がまばらに映画館の各場所に配置された。

 貴嶋の部下、シトリーこと小柳岳が自殺志願者に成り済ました矢野にSNSを通じて指定してきた待ち合わせ時間の午後2時まであと15分。

小柳は未成年者集団自殺事件で自殺した少年少女達と貴嶋を結び付ける存在だ。警察に追われていると察した小柳がここに現れるかは五分五分、最悪の場合は現れないかもしれない。

 映画館に出入りする人間を刑事達が鋭い眼光でチェックする。矢野も小柳の風体は頭に入っていた。

 小柳岳は身長165㎝程度の痩せ型、男性にしては小柄な体格だ。顔つきは奥二重のタレ目と小さめの口が気弱な印象を与える。

見た目の印象と引っ込み思案な性格が影響して、小柳は中学生の頃からイジメのターゲットにされて不登校気味だった。

 それでも成績は良かったらしく、ギリギリの出席日数で高校を卒業して都内の私立大学に入学。しかし大学でも彼の引っ込み思案な性格は変わらなかった。

小柳は自殺志願者の少年少女達に昔の自分を重ねていたのだろう。彼らの気持ちがわかる小柳だからこそ、言葉巧みに少年少女を惑わして集団自殺へ誘い込んだ。

 ついさっき、矢野の目の前で警官に補導された二人組の少女がいた。平日の昼過ぎに私服姿で繁華街をうろつく少女達は、まだ中学生くらいの幼い顔つきをしていた。

交番で話を聞いた警官からの連絡では、少女二人は小柳とSNSのやりとりをしてここに集められた自殺志願者だった。

 早河も間もなくこちらに到着する。娘の真愛が誘拐されて、精神的に心労が溜まる早河を出来る限りサポートするのが矢野の仕事だ。

(早河さんもあまり無茶なことやらかさないといいけどな。あの人は状況が深刻になるほど無茶苦茶やらかす人だし……)

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