早河シリーズ完結編【魔術師】
 夜がこんなに長いなんて今まで感じたことがなかった。午前2時を過ぎた病院は静寂に包まれている。
物音が聞こえるとすれば、見回りの看護師の足音が時たま聞こえるくらい。

 ICU(集中治療室)では面会時間の制限が設けられている。家族であっても患者の側に四六時中付き添いはできない。
意識が戻らない隼人の容態は一時的には安定している。だが、いつ容態が急変するかわからないと医師が言っていた。

 隼人の手術中に病院に駆け付けた隼人の両親は孫の美夢を連れて先ほど帰宅した。1歳の美夢を病院で一晩過ごさせることはできず、義両親に預かってもらうことになった。

今は美月だけがICUに隣接した待合室でひとりきりの夜を過ごしている。看護師が持ってきてくれた毛布で身体を包んで、ソファーの背に身体を委ねた。

 身体は疲れているのに眠れない。誘拐された斗真のこと、隼人の容態、佐藤のこと、貴嶋のこと、12年前の事件のこと……こんな夜は色々と考えてしまう。

ひとりの夜は寂しかった。
いつも隣には隼人がいた。やがて斗真と美夢が生まれて、隼人と子ども達に囲まれた夜に寂しさは感じなかった。
今は隼人も斗真もいない。手を伸ばしても、二人の愛しい存在のぬくもりを掴めない。

 毛布を両手で引き寄せてうずくまる。自分はこんなにも弱い人間だったのかと、美月は思い知った。
隼人と子ども達がいるから強くなれる。彼らが側にいなければ、心が壊れて今にも消えてしまいそうだ。

 不安に押し潰されて涙が溢れる。泣き出した美月の身体に、スマートフォンの振動が伝わった。バッグの中のスマホがマナーモードを鳴らしている。
見慣れない非通知着信だった。

「……もしもし?」
{美月か?}

心臓がドクンと高鳴った。確認しなくてもこの声の主が誰か知っている。

「佐藤さん……?」
{ああ。木村くんは大丈夫か?}
「隼人が襲われたこと知ってるの?」
{知ってる。警察は俺を木村くんの殺人未遂の重要参考人として手配したらしい}
「佐藤さんが? まさか……違うよね? 佐藤さんが隼人を殺そうとするわけがない」

スマホを持つ手に力が入る。目尻に溜まる涙が一筋、頬に流れた。

{美月がそう思っていてくれるならそれでいいんだ。木村くんを襲った犯人は俺じゃない。だが警察は俺には木村くん殺害の動機があると考えてる}
「動機?」
{木村くんを殺せば美月は俺のものになるとか……そんな下世話な話だ。憶測で決めつけられるのも心外だよな}

 当事者の知らないところで勝手に決めつけられた動機。
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