早河シリーズ完結編【魔術師】
 美月と佐藤と隼人、12年前から続くトライアングルを当事者以外の人間は好き勝手に憶測して、安っぽいメロドラマに仕立てあげている。

{美月。確かに俺はお前を愛してる。この12年、美月への気持ちが変わったことはないよ。今だってすぐに抱き締めに行きたい。側にいたいと思ってる}

 優しく呼ばれた名前の後に紡がれた愛。12年前の夏の月夜に佐藤に言われた『愛してる』の言葉は、嬉しくて哀しい悲哀の愛の告白だった。

{だけど美月の幸せを壊してまでお前と結ばれようとは思わない。美月が笑っていてくれることが俺の幸せだ。それには木村くんが必要なんだ}

佐藤の告白を聞く美月は言葉にならず、ただ泣いていた。

{俺から連絡があったことは誰にも言うなよ。着信履歴も消しておけ}
「……うん」
{俺のことは気にするな。木村くんと子ども達のことだけ、考えてやれ}

耳元で聞こえる佐藤の囁きに遠く離れていても彼の存在を近くに感じた。

「……うん。……ありがとう」

最後に小さく呟いた「ありがとう」は涙声でかすれている。

 貴方《あなた》はどこまでも優しい人だ。優し過ぎて、貴方のその優しさにまた甘えたくなってしまうの。

{眠れないだろうが暖かくして、少しでもいいから寝ろよ。おやすみ}
「おやすみなさい……」

佐藤との通話が切れたスマホを胸に抱いて、美月は涙が溢れる目を閉じた。

 会いたい。会いたい。
もう一度……貴方に会いたい。


        *

 夜明け前の冬の空は暗くて寒い。もしもこの世の終焉の色があるのなら、こんな破滅的な色合いをしているのかもしれない。

西洋のことわざに夜明け前が一番暗いとある。苦境や困難があろうとも明けない夜はないことのたとえだが、最初にこのことわざを産み出した人間は、なかなか的を得た言い回しを考えたものだ。

 佐藤瞬は暗がりの路地の曲がり角を曲がった。彼は2時間前から誰かに尾行されていた。

(いい加減、鬱陶しいな。キングの追っ手か警察か……)

 美月との秘密の電話は2時間前の出来事だ。あれから彼女は眠れたのか、泣いたりしていないか気掛かりだった。

心細い夜を過ごす美月の側に今すぐにでも駆け付けたかった。一目でいいから美月の顔が見たかった。
けれどそれをすれば一貫の終わり。まだその時ではない。

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