早河シリーズ完結編【魔術師】
路地には営業時間が終了した居酒屋やスナックの店舗、消費者金融のビルが並んでいる。寂《さび》れたビルの細長い階段に佐藤は身を隠した。
耳を澄ませて息を殺し、相手の位置を確認する。相手も角を曲がってこちらに歩いて来た。
そろそろこの前を通過する頃合いだ。
人影が佐藤の潜む階段の前を通りかかった瞬間、佐藤は素早く人影の後ろに回り込んでその両腕を掴みねじ伏せた。
『わっ……ちょっ! 痛い! 痛いって!』
『何者だ? なぜ俺をつける?』
『誤解、誤解! あんたと同業だから。俺の名前は矢野! 早河探偵の情報屋っ!』
悲痛な叫びを繰り返して矢野一輝は痛みで悶《もだ》える。佐藤は矢野の両腕の拘束をわずかに緩めた。
『矢野……ああ、武田官房長官の甥か』
『よくご存知で。さすがラストクロウ』
拘束を解かれた矢野は佐藤に捻られた腕をさすって苦笑いを溢した。
『早河探偵の情報屋が、俺に何の用だ?』
『そっちから早河さんに連絡してきたくせにつれないね。あんたの居所掴んで来いって早河さんの指示なんだ。警察よりも先にあんたと接触することが早河さんの目的だから』
両者は互いに間合いをとる。
矢野は完全には佐藤を信用していなかった。佐藤が犯罪組織カオスを抜けていたとしても、彼が犯罪者である事実は変わらない。
『警察よりも先に……ね。刑事の女房には俺のことは報告していないのか?』
『真紀にはまだ。あいつには早河さんがうまーく言ってくれてる。警察はまだあんたの居所を掴んでねぇよ。どうやら今回ばかりは俺達と警察は敵対関係にあるみたいでさ』
佐藤は電信柱に悠然ともたれて矢野の話を聞いていた。
冬の夜は長い。まだ目を覚まさない太陽の代わりに色の濃い月が頭上に浮かんでいた。
『早河さんが言うには、狙いはあんただ。12年前にあんたが起こした殺人事件。殺された三人の他にもう一人、あの事件で死んだ人間がいた』
12年前の8月に佐藤が起こした静岡連続殺人事件。佐藤の復讐の標的は佐藤の婚約者を強姦した竹本晴也のみだったが、実際は竹本晴也を含む三人の人間が佐藤に殺された。
『竹本邦夫の秘書をしていた、溝口彰人の自殺か?』
竹本邦夫は、佐藤に殺された晴也の父親で当時は国会議員だった。息子の晴也が佐藤に殺されたことで過去の強姦事件が明るみとなり、竹本邦夫は議員を辞職。
邦夫も9年前に貴嶋の命令によって殺された。
溝口彰人《みぞぐち あきひと》は竹本邦夫の私設秘書だ。晴也の強姦事件の隠蔽に加担した秘書として矢面に立たされた溝口は、世間の非難の声に堪えきれなくなり12年前に自殺している。
『あんたも掴んでいたか。じゃあ溝口秘書の身内のことは?』
『知っている。溝口には妹がいた』
『その妹の正体も?』
『調べてある。妹は溝口とは苗字が違うがな』
佐藤は頭上の月を見上げた。いつも月が道しるべとなって行き先を照らしてくれる。
『自分が狙われていると承知であんたはこれからどうするつもりだ?』
『誘拐された子ども達の救出とキングの居所を突き止める。……目的としてはお前達と同じだな』
間合いは詰めずに二人は向かい合う。佐藤と矢野の間に浮かぶ午前4時の冬の月が、闇に沈む路地を一筋の光で照らしていた。
耳を澄ませて息を殺し、相手の位置を確認する。相手も角を曲がってこちらに歩いて来た。
そろそろこの前を通過する頃合いだ。
人影が佐藤の潜む階段の前を通りかかった瞬間、佐藤は素早く人影の後ろに回り込んでその両腕を掴みねじ伏せた。
『わっ……ちょっ! 痛い! 痛いって!』
『何者だ? なぜ俺をつける?』
『誤解、誤解! あんたと同業だから。俺の名前は矢野! 早河探偵の情報屋っ!』
悲痛な叫びを繰り返して矢野一輝は痛みで悶《もだ》える。佐藤は矢野の両腕の拘束をわずかに緩めた。
『矢野……ああ、武田官房長官の甥か』
『よくご存知で。さすがラストクロウ』
拘束を解かれた矢野は佐藤に捻られた腕をさすって苦笑いを溢した。
『早河探偵の情報屋が、俺に何の用だ?』
『そっちから早河さんに連絡してきたくせにつれないね。あんたの居所掴んで来いって早河さんの指示なんだ。警察よりも先にあんたと接触することが早河さんの目的だから』
両者は互いに間合いをとる。
矢野は完全には佐藤を信用していなかった。佐藤が犯罪組織カオスを抜けていたとしても、彼が犯罪者である事実は変わらない。
『警察よりも先に……ね。刑事の女房には俺のことは報告していないのか?』
『真紀にはまだ。あいつには早河さんがうまーく言ってくれてる。警察はまだあんたの居所を掴んでねぇよ。どうやら今回ばかりは俺達と警察は敵対関係にあるみたいでさ』
佐藤は電信柱に悠然ともたれて矢野の話を聞いていた。
冬の夜は長い。まだ目を覚まさない太陽の代わりに色の濃い月が頭上に浮かんでいた。
『早河さんが言うには、狙いはあんただ。12年前にあんたが起こした殺人事件。殺された三人の他にもう一人、あの事件で死んだ人間がいた』
12年前の8月に佐藤が起こした静岡連続殺人事件。佐藤の復讐の標的は佐藤の婚約者を強姦した竹本晴也のみだったが、実際は竹本晴也を含む三人の人間が佐藤に殺された。
『竹本邦夫の秘書をしていた、溝口彰人の自殺か?』
竹本邦夫は、佐藤に殺された晴也の父親で当時は国会議員だった。息子の晴也が佐藤に殺されたことで過去の強姦事件が明るみとなり、竹本邦夫は議員を辞職。
邦夫も9年前に貴嶋の命令によって殺された。
溝口彰人《みぞぐち あきひと》は竹本邦夫の私設秘書だ。晴也の強姦事件の隠蔽に加担した秘書として矢面に立たされた溝口は、世間の非難の声に堪えきれなくなり12年前に自殺している。
『あんたも掴んでいたか。じゃあ溝口秘書の身内のことは?』
『知っている。溝口には妹がいた』
『その妹の正体も?』
『調べてある。妹は溝口とは苗字が違うがな』
佐藤は頭上の月を見上げた。いつも月が道しるべとなって行き先を照らしてくれる。
『自分が狙われていると承知であんたはこれからどうするつもりだ?』
『誘拐された子ども達の救出とキングの居所を突き止める。……目的としてはお前達と同じだな』
間合いは詰めずに二人は向かい合う。佐藤と矢野の間に浮かぶ午前4時の冬の月が、闇に沈む路地を一筋の光で照らしていた。