早河シリーズ完結編【魔術師】
 午前7時過ぎから東京は雪がちらつき始めた。日本列島に停滞する寒波の影響で明日にかけて全国的に雪の予報が出ている。

 なぎさは自宅の窓から舞い落ちる雪を眺めた。こんな雪の日に思い出すのは、高校時代のあたたかな記憶。
思い出の記憶のアルバムでは親友の寺沢莉央が微笑んでいた。

 あれは高校1年生の冬、東京に大雪が降った日だ。慣れない雪道を怖がるなぎさは北海道育ちの莉央の腕にしがみついて、白く染まる道路を歩いた。

高校2年の冬もたまにしか降らない東京の雪の日には莉央が優しく笑って、なぎさの手を引いて歩いてくれた。

そうして高校3年の冬。雪が降ったあの日、隣に莉央はいなかった。

 テレビから流れる朝の報道番組が1月25日木曜日のトップニュースを伝える。トップニュースは昨夜、東京港区のJSホールディングスで発生した木村隼人の殺人未遂事件。

隼人と事件に巻き込まれた坂下菜々子の名前は伏せられ、JSホールディングス社員二名が何者かに襲われたとだけ報道された。

 事件の全貌をさも知ったような口調で語るコメンテーターやゲスト達の的外れな議論や推測のどれもが不愉快に感じて、なぎさは不快な音声を流し続けるテレビを消した。

 カモミールティーをカップに注ぐ。甘いリンゴに似た香りが苛立ちの神経を落ち着かせてくれる。

カモミールティーは莉央が愛飲していた飲み物だ。なぎさが初めてカモミールティーを飲んだのは高校時代のお泊まり会。その時に莉央が持参した紅茶専門ブランドのカモミールティーがとても美味しかった。

 莉央が天に昇っても彼女と築いた思い出は消えない。忘れない限り、莉央は心のなかで生き続けている。

 ティーカップをパソコンの傍らに置き、彼女はパソコンに触れた。先日見つけた貴嶋佑聖のファンサイトに接続する。

何度見ても気分の悪くなるグロテスクな画面が現れた。木彫りのマリオネットから垂れ下がる赤い操り糸が滴り落ちる血に見える。

貴嶋の情報を集めるために、関連するワードでネットサーフィンをして辿り着いたサイトがこの〈我等が偉大なる神、貴嶋佑聖を慕う者達へ〉の書き出しで始まるファンサイトだった。

 早河にはサイトの存在は報告しているが、早河も他にやらなければならない仕事が山積みだ。憂鬱に塞ぎ込んでいるよりも早河の妻として、真愛の母親として、今できることをして早河の手助けがしたい。

かつての彼の助手だった時のように。
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