早河シリーズ完結編【魔術師】
ICUのベッドで眠る隼人の傍らに寄り添って、美月は隼人の手に触れた。力強く抱き締めてくれる彼の腕には医療器具の管が巻かれ、笑いかけてくれる優しい瞳は閉じたまま開かない。
一夜明けても隼人の容態に変わりはなく、意識も戻らない。モニターに映し出される一定の速度で刻まれた心拍の音と触れた手の温かさが、彼が生きている証だった。
ICUの面会時間は限られている。この病院では午前の面会は7時半から8時半までの1時間。午後の面会時間は15時からだ。
午前8時半の1分前になり、美月は名残惜しく隼人の側を離れてICUを出た。
午後には義両親が美夢を連れて病院に来る予定だ。美夢にとっては、初めて母親と父親と離れて過ごす夜だった。
美夢もいつもと違う状況を敏感に感じ取ったようで、大声で泣いてなかなか寝付かなかったと義母が電話で話していた。
ICUの廊下にパジャマ姿の眼鏡の女が立っていた。以前に豊洲のショッピングモールで遭遇した隼人の部下だ。
彼女は美月を見ると深々と頭を下げた。
「この度は本当に……本当に申し訳ございませんっ!」
警察から坂下菜々子の話は聞いている。菜々子は隼人を誘き寄せるために犯人に利用されただけ。
むしろ謝らなければならないのは、こちら側だ。
「頭を上げて。こちらこそ巻き込んでしまってごめんなさい」
パジャマの袖から見えた菜々子の腕には包帯が巻かれている。無関係な人を巻き込み、怪我を負わせてしまった責任が重くのしかかった。
「朝ご飯もう食べた?」
「えっと……病院のご飯を少し……」
「私はまだなの。こんな時でもお腹は空くのね。ちょっとだけ付き合ってくれるかな?」
顔を上げた菜々子の目は潤んでいた。少しでも彼女の精神の負担を軽くしたい。菜々子が気に病むことは何一つない。
病院内のカフェテラスは、入院患者やその家族と思われる人々が団欒の時を過ごしている。ほどよく混み合う店内の席に二人は座った。
美月はカフェオレとサンドイッチ、菜々子はレモンティーを注文した。
「主任の容態は……」
「まだ意識が戻らなくてね。良くも悪くも……って感じかな」
「そうですか……」
菜々子は伏せた顔を上げて落ち着きなく目線を動かした。
「どうしたの?」
「あ、あの……あそこに女の人が……。さっきICUの前にも居ましたけど……」
彼女はICUからここまで自分達の後ろをぴたりと付いてくる女の存在が気になっていた。あの女性に見張られている気がする。
美月は菜々子の視線の先を見た。カフェの外には、警視庁捜査一課刑事の土屋千秋の姿がある。千秋は上野恭一郎の班の人間だ。
「あの人は刑事さんだよ。私達を守ってくれているの」
菜々子とは対照的に美月は落ち着いた素振りでサンドイッチを口に運んだ。美月の何事にも動じない雰囲気に、菜々子は感嘆の声を漏らす。
「奥さまはやっぱり何か違いますね。この状況でも落ち着いていらっしゃって……」
「そうでもないよ。隼人の容態や息子のことを考えると心臓がバクバクして、涙も出てくる」
美月と隼人の息子の誘拐事件は菜々子も警察から聞かされた。
一夜明けても隼人の容態に変わりはなく、意識も戻らない。モニターに映し出される一定の速度で刻まれた心拍の音と触れた手の温かさが、彼が生きている証だった。
ICUの面会時間は限られている。この病院では午前の面会は7時半から8時半までの1時間。午後の面会時間は15時からだ。
午前8時半の1分前になり、美月は名残惜しく隼人の側を離れてICUを出た。
午後には義両親が美夢を連れて病院に来る予定だ。美夢にとっては、初めて母親と父親と離れて過ごす夜だった。
美夢もいつもと違う状況を敏感に感じ取ったようで、大声で泣いてなかなか寝付かなかったと義母が電話で話していた。
ICUの廊下にパジャマ姿の眼鏡の女が立っていた。以前に豊洲のショッピングモールで遭遇した隼人の部下だ。
彼女は美月を見ると深々と頭を下げた。
「この度は本当に……本当に申し訳ございませんっ!」
警察から坂下菜々子の話は聞いている。菜々子は隼人を誘き寄せるために犯人に利用されただけ。
むしろ謝らなければならないのは、こちら側だ。
「頭を上げて。こちらこそ巻き込んでしまってごめんなさい」
パジャマの袖から見えた菜々子の腕には包帯が巻かれている。無関係な人を巻き込み、怪我を負わせてしまった責任が重くのしかかった。
「朝ご飯もう食べた?」
「えっと……病院のご飯を少し……」
「私はまだなの。こんな時でもお腹は空くのね。ちょっとだけ付き合ってくれるかな?」
顔を上げた菜々子の目は潤んでいた。少しでも彼女の精神の負担を軽くしたい。菜々子が気に病むことは何一つない。
病院内のカフェテラスは、入院患者やその家族と思われる人々が団欒の時を過ごしている。ほどよく混み合う店内の席に二人は座った。
美月はカフェオレとサンドイッチ、菜々子はレモンティーを注文した。
「主任の容態は……」
「まだ意識が戻らなくてね。良くも悪くも……って感じかな」
「そうですか……」
菜々子は伏せた顔を上げて落ち着きなく目線を動かした。
「どうしたの?」
「あ、あの……あそこに女の人が……。さっきICUの前にも居ましたけど……」
彼女はICUからここまで自分達の後ろをぴたりと付いてくる女の存在が気になっていた。あの女性に見張られている気がする。
美月は菜々子の視線の先を見た。カフェの外には、警視庁捜査一課刑事の土屋千秋の姿がある。千秋は上野恭一郎の班の人間だ。
「あの人は刑事さんだよ。私達を守ってくれているの」
菜々子とは対照的に美月は落ち着いた素振りでサンドイッチを口に運んだ。美月の何事にも動じない雰囲気に、菜々子は感嘆の声を漏らす。
「奥さまはやっぱり何か違いますね。この状況でも落ち着いていらっしゃって……」
「そうでもないよ。隼人の容態や息子のことを考えると心臓がバクバクして、涙も出てくる」
美月と隼人の息子の誘拐事件は菜々子も警察から聞かされた。