早河シリーズ完結編【魔術師】
隼人の突然の休暇も息子が誘拐されたためだと知り、彼女は木村夫妻の心情を察する。
「でもね、隼人は絶対に死なない。息子も私達のもとに帰って来る。だから私は隼人と息子が帰って来た時に笑って“お帰りなさい”と言えるように、元気でいようと思ってるの」
「主任のことを信じているんですね」
「隼人のことも、今回の事件で私達のために動いてくれている人達のことも信じてる」
美月は左手薬指の指輪に触れた。彼女は隼人のことも佐藤のことも信じている。
深夜の佐藤との秘密の電話が美月に強さを与えてくれた。不安で折れかけた美月の心を佐藤が支えて、立ち上がらせてくれた。
泣くのは簡単だ。でも泣いているばかりでは何も解決しない。
「奥さまは強いです。私なんかと違って凄いですよ。私なんていつも逃げてばっかりで……」
「私も強くないよ。隼人や子ども達がいてやっと強くなれる。ひとりだったら全然、ダメダメな人間だよ。守りたいと思える大切な誰かがいると人は強くなれるの」
外は粉雪が舞っている。病院の庭では入院中の子ども達がコートやマフラーに身を包んで、看護師と一緒に雪だるまを作って遊んでいた。
雪が降っていることもさっきまで気付かなかった。天気を気にする心の余裕もなかった。
「坂下さん、ありがとうね」
「え?」
「昨日からひとりで鬱々としていたから、こうして誰かと話して気持ちを吐き出したかったんだ。付き合ってくれてありがとう」
「そんな……こちらこそ大した励ましの言葉も言えずに申し訳ないですっ!」
菜々子が大袈裟に手を振りすぎて、彼女の肘がレモンティーのカップに当たった。ぐらついたカップが倒れて残っていたレモンティーがテーブルに溢れる。
「すみません!」
「いいよいいよ、大丈夫? 服濡れてない?」
「はい、服は……平気です。そそっかしくてすみません……」
騒ぎに気付いた店員がテーブルを片付けに来てくれた。恥ずかしくて真っ赤な顔をした菜々子も自分のおしぼりでテーブルを拭いた。
「退院はいつ?」
「午後に精密検査を受けて、異常がなければ明日退院です」
「じゃあ検査が終わった後、よければまた話相手になって欲しいな。隼人が目覚めるまで私はICUの待合室にいるから」
「はい! ぜひ!」
美月の誘いを菜々子は喜んで受けた。
〈桃色学園プリンセス〉の主人公コモモと美月は外見は似ていても、菜々子はもうコモモと美月を重ねはしない。
コモモは外見の可愛らしさで皆から愛され、尽くされる学園のアイドル。だけどコモモはやりたくないことはやらない。
コモモは自ら困難に立ち向かうことはしない。学園の問題が起きても、周りがコモモのために奮闘するだけでコモモ自身は玉座に座っているだけ。
そんなお姫様気質なコモモが菜々子には可愛くて憧れだった。
しかし美月の人柄を知った今は、美月とコモモは重ならない。コモモにはないものが美月にはある。
木村美月。彼女はとても強い人だ。
夫と子どもがいるから強くなれると語る彼女の強さが、眩しかった。
「でもね、隼人は絶対に死なない。息子も私達のもとに帰って来る。だから私は隼人と息子が帰って来た時に笑って“お帰りなさい”と言えるように、元気でいようと思ってるの」
「主任のことを信じているんですね」
「隼人のことも、今回の事件で私達のために動いてくれている人達のことも信じてる」
美月は左手薬指の指輪に触れた。彼女は隼人のことも佐藤のことも信じている。
深夜の佐藤との秘密の電話が美月に強さを与えてくれた。不安で折れかけた美月の心を佐藤が支えて、立ち上がらせてくれた。
泣くのは簡単だ。でも泣いているばかりでは何も解決しない。
「奥さまは強いです。私なんかと違って凄いですよ。私なんていつも逃げてばっかりで……」
「私も強くないよ。隼人や子ども達がいてやっと強くなれる。ひとりだったら全然、ダメダメな人間だよ。守りたいと思える大切な誰かがいると人は強くなれるの」
外は粉雪が舞っている。病院の庭では入院中の子ども達がコートやマフラーに身を包んで、看護師と一緒に雪だるまを作って遊んでいた。
雪が降っていることもさっきまで気付かなかった。天気を気にする心の余裕もなかった。
「坂下さん、ありがとうね」
「え?」
「昨日からひとりで鬱々としていたから、こうして誰かと話して気持ちを吐き出したかったんだ。付き合ってくれてありがとう」
「そんな……こちらこそ大した励ましの言葉も言えずに申し訳ないですっ!」
菜々子が大袈裟に手を振りすぎて、彼女の肘がレモンティーのカップに当たった。ぐらついたカップが倒れて残っていたレモンティーがテーブルに溢れる。
「すみません!」
「いいよいいよ、大丈夫? 服濡れてない?」
「はい、服は……平気です。そそっかしくてすみません……」
騒ぎに気付いた店員がテーブルを片付けに来てくれた。恥ずかしくて真っ赤な顔をした菜々子も自分のおしぼりでテーブルを拭いた。
「退院はいつ?」
「午後に精密検査を受けて、異常がなければ明日退院です」
「じゃあ検査が終わった後、よければまた話相手になって欲しいな。隼人が目覚めるまで私はICUの待合室にいるから」
「はい! ぜひ!」
美月の誘いを菜々子は喜んで受けた。
〈桃色学園プリンセス〉の主人公コモモと美月は外見は似ていても、菜々子はもうコモモと美月を重ねはしない。
コモモは外見の可愛らしさで皆から愛され、尽くされる学園のアイドル。だけどコモモはやりたくないことはやらない。
コモモは自ら困難に立ち向かうことはしない。学園の問題が起きても、周りがコモモのために奮闘するだけでコモモ自身は玉座に座っているだけ。
そんなお姫様気質なコモモが菜々子には可愛くて憧れだった。
しかし美月の人柄を知った今は、美月とコモモは重ならない。コモモにはないものが美月にはある。
木村美月。彼女はとても強い人だ。
夫と子どもがいるから強くなれると語る彼女の強さが、眩しかった。