早河シリーズ完結編【魔術師】
 ──視界が白っぽく霞んでいる。霧がかかっているみたいだ。ここは……どこ?

「……隼人。……隼人」

誰かに名前を呼ばれている。その声に導かれて隼人は暗い茂みの道を進んだ。聞き覚えのある懐かしい声だ。

 一匹の蝶が目の前を横切った。揚羽蝶だろうか。
蝶に誘われて茂みを抜ける。少しずつ晴れた霧の間から現れたのは、夕焼け空に包まれた風景画。
赤い太陽が照らす先に、水辺に生えた背丈の長い雑草が風に揺れていた。

 ──風に聞こえた君の声は幻?
 君の面影探して彷徨《さまよ》う
 またねと手を振って別れたあの日が最期になることを、僕たちはどこかで予感していた

 夏の始まりの薫りがする。青春時代を連想させる懐古な匂い。
キャッチボールをする少年の笑い声、草を踏む足音、水面が揺れる音。9年前のあの夏の始まりの風景とこの世界はよく似ていた。

 白いワンピースを着た女が水辺の側に立っている。彼女の柔らかそうなロングヘアーが夏の風になびいていた。

「私ね、ずっとここにいるの」

振り向かずに語る彼女の口調で隼人は確信する。導く声は君だった。

『……莉央』

 こちらを向いた寺沢莉央の、小さな白い顔が微笑んでいる。莉央が細い指を差し出すと、そこに羽根を下ろした揚羽蝶が一瞬で消えた。

「お久しぶり」
『ああ……』

なんだか照れ臭くて何を言えばいいのかわからず、隼人は草むらを掻き分けて一歩ずつ莉央に近付いた。

 ──夕焼け空のふたりだけの世界
 道の終わりに気付かないフリをして僕たちは歩き続けた
 絶対の約束などないと知ったのはいつだった?
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