早河シリーズ完結編【魔術師】
『なぁ、ここってどこなんだ? 死後の世界? あれが三途の川ってわけ?』
「野暮な質問しないでよ。そうね、三途の川ギリギリの世界ってところね。残念ながら今日は何も持ってないの。煙草も飴も拳銃もない」
莉央のワンピースにはポケットがなかった。ポケットを探る真似をする莉央を見て隼人が笑う。
彼は莉央の隣に並んだ。
『拳銃は別にいらねぇだろ。やっぱり物騒な女だな』
隼人は足元の小石を川に向かって投げた。茜色の光に照らされた水面に石が跳ねる。子どもの頃よくやった水切り遊びだ。
隼人が投げ込んだ石が跳ねる様子を見て莉央が拍手した。
「凄い。石でこんな遊びができるのね」
『もしかしてガキの頃に川遊びしたことないな?』
「もしかしなくてもその通り。私もやってみたい」
9年分の年齢を重ねた隼人と9年前で時が止まったままの莉央。9年前のあの日と同じように、二人の周りだけ時間がゆっくりと流れていた。
隼人と莉央はしばらく水切り遊びをした。
いつまでも暮れない夕焼け空。いつまでも赤い太陽。このままここで、いつまでも……
「隼人。もう帰ろう。あなたはここにいてはいけない」
莉央の髪をなびかせる風が止み、キャッチボールをする少年の声も聞こえなくなった。
静寂の空気は時を止める魔法。二人しかいないこの世界の時は動かない。
莉央の手が隼人に触れる。彼女は優しく隼人の手を撫で、その手を握った。
「ほら、こんなに温かい。隼人はまだ生きてるのよ」
『莉央の手だって温かいだろ』
「私は今はこの世界だけで生きている。でも隼人は違う。いるべき場所に帰らなくちゃ」
離れた手と手。夏の風が吹いて莉央の身体を霧で包んだ。
「帰りなさい。大切な人が待ってるよ」
『莉央……』
霧に向けて手を伸ばす。必死で掴んだものは、空気。
「隼人、生きて……」
莉央の優しい声が霞んでぼやけた世界に響く。手を伸ばしても届かない彼女の残像を追いかけて、隼人は水辺に足を踏み入れた。
ちゃぷんと揺れた水面の水が一気に引いていく。
消える夕焼け空
崩れる夏の風景画
──閉ざされていた隼人の瞼が開かれた。
「野暮な質問しないでよ。そうね、三途の川ギリギリの世界ってところね。残念ながら今日は何も持ってないの。煙草も飴も拳銃もない」
莉央のワンピースにはポケットがなかった。ポケットを探る真似をする莉央を見て隼人が笑う。
彼は莉央の隣に並んだ。
『拳銃は別にいらねぇだろ。やっぱり物騒な女だな』
隼人は足元の小石を川に向かって投げた。茜色の光に照らされた水面に石が跳ねる。子どもの頃よくやった水切り遊びだ。
隼人が投げ込んだ石が跳ねる様子を見て莉央が拍手した。
「凄い。石でこんな遊びができるのね」
『もしかしてガキの頃に川遊びしたことないな?』
「もしかしなくてもその通り。私もやってみたい」
9年分の年齢を重ねた隼人と9年前で時が止まったままの莉央。9年前のあの日と同じように、二人の周りだけ時間がゆっくりと流れていた。
隼人と莉央はしばらく水切り遊びをした。
いつまでも暮れない夕焼け空。いつまでも赤い太陽。このままここで、いつまでも……
「隼人。もう帰ろう。あなたはここにいてはいけない」
莉央の髪をなびかせる風が止み、キャッチボールをする少年の声も聞こえなくなった。
静寂の空気は時を止める魔法。二人しかいないこの世界の時は動かない。
莉央の手が隼人に触れる。彼女は優しく隼人の手を撫で、その手を握った。
「ほら、こんなに温かい。隼人はまだ生きてるのよ」
『莉央の手だって温かいだろ』
「私は今はこの世界だけで生きている。でも隼人は違う。いるべき場所に帰らなくちゃ」
離れた手と手。夏の風が吹いて莉央の身体を霧で包んだ。
「帰りなさい。大切な人が待ってるよ」
『莉央……』
霧に向けて手を伸ばす。必死で掴んだものは、空気。
「隼人、生きて……」
莉央の優しい声が霞んでぼやけた世界に響く。手を伸ばしても届かない彼女の残像を追いかけて、隼人は水辺に足を踏み入れた。
ちゃぷんと揺れた水面の水が一気に引いていく。
消える夕焼け空
崩れる夏の風景画
──閉ざされていた隼人の瞼が開かれた。