嘘つきと疫病神
父親の力に子供の自分が敵うはずなど無い。何度叫んでも、何度抗っても、両親の貼り付けた笑顔がそれを阻む。
物心が付いたときから祖母と二人で暮らしてきて、生粋のおばあちゃんっ子だった。両親と過ごした記憶など欠片もなく、二人のことは古い結婚当初の写真でしか見たことがなかった。
両親がいなくても祖母がいたから寂しいと思う時間は微塵もなくて、蕗に出会ってもっと幸せだと思える時間が増えた。
大きな父親の手を振り払って彼女の元に行きたかった。丘の上で彼女がしてくれたように、流れる涙を拭ってあげたかった。
「蕗、蕗!」
父親に無力にも引き摺られながら振り返ると、涙を流しながら見つめる蕗の姿が目に入った。
鏡子に肩を抱かれてその場に崩れ落ちる小さな少女。不思議な出会い方をして、同じ屋根の下で暮らすようになった。
一緒にいるだけで不思議と笑顔になれる。彼女には傍にいるだけで心を満たしてくれる力があった。
そう思っていた。
彼女の涙でぐしゃぐしゃになった顔を見ると、自分の不甲斐なさと情けなさで気がおかしくなりそうだった。
もう泣かないでと言えなかった。いや、彼女を泣かせた自分にそんな真似ができるはずもない。
それでも、止めてほしいと願ってしまった。
声を上げて、飛び出して、父親の手を一緒に振り払ってほしかった。
そんなことを願っても所詮は自分の我が儘でしかない。自分に親に抗う勇気がないのと同じように、彼女にもまたその勇気がないのだ。
だから自分は泣きじゃくる彼女から目を逸らす。現実から逃げるために、これ以上傷ついた彼女を見たくはないから。
「ふきーーーー!」
出会ってから共に暮らしてからほんの数日しか経っていない。大男に絡まれている小さな子供がいて、見ていられなくて飛び出したのはまだ記憶に新しい。
けれど、彼女を助け出そうと思ったのはそれだけではなかった。
大男に絡まれても、彼女は何処か上の空で抵抗する素振りを見せなかったのだ。人気の少ない寂れた場所で、彼女を助けようとする人は誰もいない。その現場に居合わせたから身体が勝手に動いただけでもある。
その時に思ってしまった。全てに諦めたような色のない彼女の横顔が、不躾にも綺麗だと思ってしまったのだ。そして、そんな彼女が心から笑える日に傍にいたいとも。
「絶対に帰ってくるから。またこの町に、君がいるこの町に帰るから」
こんな薄っぺらい言葉で彼女を安心付けられるなど微塵も思えない。こんな事を言ってしまえば、余計に彼女を傷つけてしまうかもしれないとも思った。
叫んでも父親は聞く耳を持たずに大通りの方へと歩き出す。蕗と鏡子の姿が小さくなっていって、これで終わってしまうのかと思うとやるせない。
けれど一方的な約束を彼女と結んだ。いつか帰る、彼女がいるこの町に必ず帰ると。
両親の作り上げたレールの上を歩くだけの人生など無視して、自分の幸せのために生きると。
「だから、それまで待っていて」
姿が遠のいて見えなくなる。この言葉が届いたのかも分からない。
それでも約束したのだから。何年経っても、何十年経ってもいいからこの町に帰ると。
物心が付いたときから祖母と二人で暮らしてきて、生粋のおばあちゃんっ子だった。両親と過ごした記憶など欠片もなく、二人のことは古い結婚当初の写真でしか見たことがなかった。
両親がいなくても祖母がいたから寂しいと思う時間は微塵もなくて、蕗に出会ってもっと幸せだと思える時間が増えた。
大きな父親の手を振り払って彼女の元に行きたかった。丘の上で彼女がしてくれたように、流れる涙を拭ってあげたかった。
「蕗、蕗!」
父親に無力にも引き摺られながら振り返ると、涙を流しながら見つめる蕗の姿が目に入った。
鏡子に肩を抱かれてその場に崩れ落ちる小さな少女。不思議な出会い方をして、同じ屋根の下で暮らすようになった。
一緒にいるだけで不思議と笑顔になれる。彼女には傍にいるだけで心を満たしてくれる力があった。
そう思っていた。
彼女の涙でぐしゃぐしゃになった顔を見ると、自分の不甲斐なさと情けなさで気がおかしくなりそうだった。
もう泣かないでと言えなかった。いや、彼女を泣かせた自分にそんな真似ができるはずもない。
それでも、止めてほしいと願ってしまった。
声を上げて、飛び出して、父親の手を一緒に振り払ってほしかった。
そんなことを願っても所詮は自分の我が儘でしかない。自分に親に抗う勇気がないのと同じように、彼女にもまたその勇気がないのだ。
だから自分は泣きじゃくる彼女から目を逸らす。現実から逃げるために、これ以上傷ついた彼女を見たくはないから。
「ふきーーーー!」
出会ってから共に暮らしてからほんの数日しか経っていない。大男に絡まれている小さな子供がいて、見ていられなくて飛び出したのはまだ記憶に新しい。
けれど、彼女を助け出そうと思ったのはそれだけではなかった。
大男に絡まれても、彼女は何処か上の空で抵抗する素振りを見せなかったのだ。人気の少ない寂れた場所で、彼女を助けようとする人は誰もいない。その現場に居合わせたから身体が勝手に動いただけでもある。
その時に思ってしまった。全てに諦めたような色のない彼女の横顔が、不躾にも綺麗だと思ってしまったのだ。そして、そんな彼女が心から笑える日に傍にいたいとも。
「絶対に帰ってくるから。またこの町に、君がいるこの町に帰るから」
こんな薄っぺらい言葉で彼女を安心付けられるなど微塵も思えない。こんな事を言ってしまえば、余計に彼女を傷つけてしまうかもしれないとも思った。
叫んでも父親は聞く耳を持たずに大通りの方へと歩き出す。蕗と鏡子の姿が小さくなっていって、これで終わってしまうのかと思うとやるせない。
けれど一方的な約束を彼女と結んだ。いつか帰る、彼女がいるこの町に必ず帰ると。
両親の作り上げたレールの上を歩くだけの人生など無視して、自分の幸せのために生きると。
「だから、それまで待っていて」
姿が遠のいて見えなくなる。この言葉が届いたのかも分からない。
それでも約束したのだから。何年経っても、何十年経ってもいいからこの町に帰ると。