野いちご源氏物語 〇五 若紫(わかむらさき)
夜が明けると、若紫(わかむらさき)(きみ)のところへ父宮(ちちみや)が訪ねていらっしゃった。
ひどく荒れたお屋敷と、お仕えする人が少ないのをご覧になって、
「このようなところに幼い姫を置いてはおけない。やはり私の屋敷に迎えよう。心配することはない。乳母(めのと)も一緒に参ればよいのだ。屋敷には他にも幼い子どもたちがいるから、一緒に遊んで仲良くお暮らしなさい」
とおっしゃる。

父宮が姫君(ひめぎみ)を近くにお呼びになると、姫君のお体から源氏(げんじ)(きみ)(うつ)()(かお)る。
「よい匂いがする。着物は手入れが足りないけれど」
とかわいそうにお思いになったわ。

「何年も病気の年寄りと一緒に暮らしていたのだ、さぞ寂しかったであろう。ときどきは私の屋敷に遊びにきていたらよかったのだよ。そうすれば私の正妻(せいさい)とも仲良くなっていただろうから。尼君(あまぎみ)に何度もそうお願いしたのに、尼君は私をお嫌いになってね。まだ慣れていない屋敷に姫を連れていくのは心苦しい」
とおっしゃる。

乳母は、
「それならば、やはりもうしばらくこちらでお世話させていただきとうございます。こちらでは多少心細い思いをなさるかもしれませんが、もう少し分別(ふんべつ)がおつきになって、人付き合いがうまくできるお年になられてから、お父宮のお屋敷へお移りになった方がよろしいと存じます」
と申し上げる。

姫君はお顔がやせてしまわれていた。
祖母君(そぼぎみ)を恋しがって、お食事もあまり召し上がっていないの。
でも、少し大人びた雰囲気になられたような感じもする。
父宮は姫君に、
「そんなに落ち込むものではないよ。亡くなってしまった人のことは、いくら考えてももうどうしようもないのだからね。お父宮がいるから安心なさい」
とおっしゃる。

日が暮れて父宮が帰ろうとなさると、姫君は心細くて泣いてしまわれる。
父宮ももらい泣きして、
「そう思いつめてはいけない。今日か明日、こちらへ迎えに来よう。私の屋敷へいらっしゃい」
と約束してお帰りになった。

姫君はご自分がこれからどうなってしまうのかと悩んでおられるわけではない。
ただ、生まれてからずっと一緒に暮らしてこられた祖母君が今はもういらっしゃらない、ということが悲しいの。
幼心(おさなごころ)にも胸がふさがるようで、いつものように子どもらしく遊ぶこともなさらない。
昼間はなんとかご気分を紛らわせることができても、夕暮れ時にはしょんぼりとなさってしまう。
乳母は泣きながらお見守りするしかなかった。
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