野いちご源氏物語 〇五 若紫(わかむらさき)
父宮がお帰りになったあと、乳母は源氏の君が今夜もお越しになることを期待していた。
昨夜源氏の君が一泊してしまわれた以上、若紫の君と源氏の君はご結婚なさったと考えた方がよいの。
ご結婚なさったら、少なくとも今日と明日の夜はつづけて姫君のところへいらっしゃるはず。
もしいらっしゃらなければ、源氏の君はこのご関係を結婚ではなく、ただの遊びと思っておられる、ということになるわ。
今か今かとお待ちしていると、惟光がふらりとやって来た。
源氏の君からのご伝言は、
「私がそちらにうかがうべきですが、内裏に上がらなければなりません。代わりの者に夜の番をさせましょう。姫君が心細いご様子だったことが気がかりですが」
というだけだった。
乳母は女房たちに、
「なんという情けないこと。ご寝室で何があったわけではないけれど、それでもあれはご結婚でしょう。源氏の君はそう思っておられないだなんて。お父宮がこのことをお知りになったら、私たちの責任だとお叱りになりますよ。あぁ、恐れ多い。うっかりお父宮のお耳に入れないように気をつけなければ」
と愚痴をこぼす。
姫君はそれを聞いているのだけれど、
「いったい何を怒っているのかしら。よく分からないわ」
と気にもなさっていないので、乳母はなおさら頭を抱えていた。
乳母は惟光に文句のひとつも言ってやりたい。
ただ、あまり感情的になると、『まさか昨夜本当に関係が生じたのでは』と惟光に思われてしまうから、難しいところね。
なるべく冷静に、こちらが途方に暮れていることを伝える。
「姫様がまだ幼いことをご存じのはずなのに、源氏の君はとても熱心に姫様のお世話をしたいとおっしゃってくださいました。恐れ多くはございますが、数年すればよいご縁になるだろうと、私はご期待申し上げていたのでございます。
それなのに何をお焦りになったのか、源氏の君は昨夜一泊してしまわれました。早めにご結婚の形だけおつくりになったのかと思えば、今夜はいらっしゃらないとのこと。いったいどういうおつもりなのか、私には分からず思い悩んでおります。
今日の昼間にもお父宮がこちらへいらっしゃったのですよ。『十分に用心してお仕えせよ。そなたたちの判断で男を近づけてはいけない』とおっしゃったので、ぞっといたしました。私が軽はずみなことをしてしまったと後悔しております」
惟光は、
「いくら源氏の君でも、あのような幼い子どもに手を出されたとは思えないが。どういうおつもりなのだろう」
とふしぎに思って聞いていた。
惟光は二条の院に戻って、源氏の君に姫君のご様子などをご報告申し上げる。
源氏の君は悩まれた。
姫君を放っておいてはお気の毒だけれど、あまり頻繁に訪ねるのも人目が気になる。
どこかから噂が立って世間に知られたら、姫君の年齢を数えて奇妙なご結婚だと言う者もいるかもしれない。
「やはりこっそり二条の院にお連れしよう」
とお思いになる。
翌日、お手紙だけは何度もお書きになって、日が暮れたら惟光をお寄こしになった。
「事情がありまして、今夜もそちらに参れません。ひどいとお思いでしょうか」
というお手紙を読んで、乳母は惟光にそっけなく言う。
「お父宮が明日姫君をお迎えにいらっしゃることになりました。私たち女房も長年住みなれたお屋敷を離れることが心細くて、お引越しの準備がなかなかはかどっておりません。何かとあわただしくしておりますので、これで失礼いたします」
惟光と長話をしている暇はないのね。
急いで新しい着物を縫っている様子なども伝わってきたので、惟光は帰っていった。
昨夜源氏の君が一泊してしまわれた以上、若紫の君と源氏の君はご結婚なさったと考えた方がよいの。
ご結婚なさったら、少なくとも今日と明日の夜はつづけて姫君のところへいらっしゃるはず。
もしいらっしゃらなければ、源氏の君はこのご関係を結婚ではなく、ただの遊びと思っておられる、ということになるわ。
今か今かとお待ちしていると、惟光がふらりとやって来た。
源氏の君からのご伝言は、
「私がそちらにうかがうべきですが、内裏に上がらなければなりません。代わりの者に夜の番をさせましょう。姫君が心細いご様子だったことが気がかりですが」
というだけだった。
乳母は女房たちに、
「なんという情けないこと。ご寝室で何があったわけではないけれど、それでもあれはご結婚でしょう。源氏の君はそう思っておられないだなんて。お父宮がこのことをお知りになったら、私たちの責任だとお叱りになりますよ。あぁ、恐れ多い。うっかりお父宮のお耳に入れないように気をつけなければ」
と愚痴をこぼす。
姫君はそれを聞いているのだけれど、
「いったい何を怒っているのかしら。よく分からないわ」
と気にもなさっていないので、乳母はなおさら頭を抱えていた。
乳母は惟光に文句のひとつも言ってやりたい。
ただ、あまり感情的になると、『まさか昨夜本当に関係が生じたのでは』と惟光に思われてしまうから、難しいところね。
なるべく冷静に、こちらが途方に暮れていることを伝える。
「姫様がまだ幼いことをご存じのはずなのに、源氏の君はとても熱心に姫様のお世話をしたいとおっしゃってくださいました。恐れ多くはございますが、数年すればよいご縁になるだろうと、私はご期待申し上げていたのでございます。
それなのに何をお焦りになったのか、源氏の君は昨夜一泊してしまわれました。早めにご結婚の形だけおつくりになったのかと思えば、今夜はいらっしゃらないとのこと。いったいどういうおつもりなのか、私には分からず思い悩んでおります。
今日の昼間にもお父宮がこちらへいらっしゃったのですよ。『十分に用心してお仕えせよ。そなたたちの判断で男を近づけてはいけない』とおっしゃったので、ぞっといたしました。私が軽はずみなことをしてしまったと後悔しております」
惟光は、
「いくら源氏の君でも、あのような幼い子どもに手を出されたとは思えないが。どういうおつもりなのだろう」
とふしぎに思って聞いていた。
惟光は二条の院に戻って、源氏の君に姫君のご様子などをご報告申し上げる。
源氏の君は悩まれた。
姫君を放っておいてはお気の毒だけれど、あまり頻繁に訪ねるのも人目が気になる。
どこかから噂が立って世間に知られたら、姫君の年齢を数えて奇妙なご結婚だと言う者もいるかもしれない。
「やはりこっそり二条の院にお連れしよう」
とお思いになる。
翌日、お手紙だけは何度もお書きになって、日が暮れたら惟光をお寄こしになった。
「事情がありまして、今夜もそちらに参れません。ひどいとお思いでしょうか」
というお手紙を読んで、乳母は惟光にそっけなく言う。
「お父宮が明日姫君をお迎えにいらっしゃることになりました。私たち女房も長年住みなれたお屋敷を離れることが心細くて、お引越しの準備がなかなかはかどっておりません。何かとあわただしくしておりますので、これで失礼いたします」
惟光と長話をしている暇はないのね。
急いで新しい着物を縫っている様子なども伝わってきたので、惟光は帰っていった。