冷徹ドクターは初恋相手を離さない
『昼は突然すまなかった。食堂で連絡先を交換した荒木だ。あの時は不審に思っただろうが、強引な方法しか思いつかなかったんだ』

 その後にもメッセージは続けて数通送信されていた。そんな長文をしっかり読んでしまうのは、もうすでに、彼のことが気になっているからなのだろうか。

「荒木先生って自分に素直で、思っていることを包み隠さずに他人に言える人なのかな」
 ふと私は、荒木先生からのメッセージを読んでいて感じたことは、それだった。
 私とは正反対の性格。
 私は自分の思ったことを正直に言うのがこわい。
 私が我慢さえすればいい。そう思って、自分の気持ちに蓋をして主張しようとしない。
 私が思っていることを言ったら、みんなはどう思うの? 面倒だなとか、不快だなとか、うざったいなとか。そう思われないだろうか。明るい話題ならまだしも、もしかしたら私の話を聞いた相手がどんよりとした気持ちになってしまいそうな話題なんて自分から話せない。
 つらい人がいたら私がつらくても寄り添ってあげればいい。私が『つらい』と言ったところで、迷惑をかけてしまうくらいなら言わないでじっと耐えていた方がいい。
 そうやって今まで生きてきた。それなのに……。

「なんだか羨ましいな」
 ひとりでいる時なら、自分に素直になれる。
 でも、いつか誰か自分の信頼できる人に自分の思いを包み隠さずそのまま言葉に表せたら、どれだけ気持ちが楽になるのだろうか。
 そして、嬉しいことや楽しいことだけじゃなく、つらいことも苦しいことも悲しいことも全部含めた私の思いを受け止めてもらえたら、どれだけ心強いのか。
 今の私にはまだわからない。
 でも、荒木先生になら……。なんて思ってしまう。
「あ、そうだ。偽装彼女の話」
 私はとりあえず、昼休憩の時の偽装の恋人になる提案について質問をしようとした。
 これはさすがに聞いておかなくてはいけない。
 いろいろ聞きたいことはあるけれど、まずは理由だ。
「『荒木先生こんばんは。ご連絡いただきありがとうございます。さっそくで申し訳ないのですが、お昼の件でお話があります。』……うーん、これじゃ堅苦しい? ええ、どうやって言ったら……」
 スキンケアをしながら返事について悩み続ける。
「『私が荒木先生の偽装彼女にならないかと仰っていましたが、なぜ私に提案したのですか?』かなぁ。どうだろうこの文章。威圧的じゃないかな?」
 あれこれと考えても結局言いたいことは同じだ。
 私は勢いに任せて送信してしまおうとする。
「いや、もうこれでいい! 明日の準備もしなきゃだし!」
 ピー、ピー、と作り置き料理を温め終えたレンジが報せてくれる。早くごはんを食べて勉強をしなきゃ。
 レンジから皿を取り出して、特にこだわりもなく百円ショップで買った白の平皿にハンバーグの傍にはちぎっただけのレタスを盛りつけて、テーブルに持っていく。
 すると数秒後には既読になり、さらに返信が来た。

『君は覚えていないかもしれないけれど、俺が中学生の頃、君に救われたことがあるんだ。だから、その恩返しをずっとしたいと思っていた。』
「え、どういうこと……?」
 私が荒木先生と同じ小学校に通っていただけでも驚きなのに、彼と関わりがあったとは思っていなかった。それなのに私は全く記憶に無い。
 正直に言うべきなのだろうか。でも、これを言ったら先生はどう思うのか。せっかくいい雰囲気だというのに、それを壊してしまうかもしれない。
 そう思うと、私はまた、返信に悩んでしまった。
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