冷徹ドクターは初恋相手を離さない
「おはようございます! 本日もよろしくお願いします」
 六階病棟に到着すると、始業時間前だというのに何人かの看護師さんはすでにナースステーションのパソコンで情報収集をしていたり、夜勤の看護師さんは朝の処置や採血などで忙しい様子だった。
 今日の担当看護師さんの名前をナースステーション内の壁に貼られている担当表をさりげなく見てチェックしつつ、挨拶が返ってこないのを確認してから、学生控室に向かおうとした。
 すると、反対側のドアから落ち着いた色気のあるバリトンの声が聴こえた。

「おはよう」
 荒木先生がナースステーションに来た。その流れでごく自然と挨拶をしてくれた。
「お、お、お……おはようございます」
 私はなかなかすぐに『おはようございます』と言えずだんだん恥ずかしくなってしまい、俯きながら学生控室に逃げるように入っていった。
 学生控室のドアの影に隠れながらナースステーションにいる荒木先生を見ると、今日の担当看護師さんと何か話している。今日のオペについての話だろうか。

 安全な場所に移動してしばらく経つと、先ほどまでの焦りが落ち着いてくる。
 オペについて考えながら、私は控室で復習をする。患者さんの術前の準備、素早いバイタルサイン測定、病棟から手術室への申し送りやオペ室に入室してからの流れなど、とにかく慣れないもの単語や動きばかりで私にとって難しい領域だ。
 しかし、患者さんの安全安楽のためにすべて必要なこと。できるだけ多くの知識を補った上でオペに臨みたい。
 一度、昨年の実習で手術室見学をしたとはいえ、あの時は実習担当教員の先生が一緒だった。今回は私ひとりでの見学。
 たくさん情報を書き込んだメモ帳を見ながら、何を質問されても答えられるように最終確認をしている。
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