冷徹ドクターは初恋相手を離さない

第8話

 驚いた顔をして硬直している裕太は、あわあわと口をぱくぱくさせて何か言葉を発そうとしているが、全く言葉は紡がれない。
 それもそのはずだ。なぜなら、裕太が謝罪のメッセージを送信してきたのを既読をつけたまま返事をせずに放置していたから。
 そんな曖昧な対応をされていたタイミングでばったり遭遇したら、誰だってそうなるだろう。それに、浮気デート中だし。
 隣にいる女性はそんな裕太の反応を見て、何かを察して腕を引いて声をかけている。この女性は、裕太がSNSで何度もツーショット写真を投稿していた女性とはまた違う人だった。
「久しぶりだね、裕太」
「あ、ああ。久しぶり」
 堂々としていいんだ。私の隣には直哉さんがいる。
「この人が例の」
 裕太が何も言ってこない間に直哉さんが相手に聞こえないような小さな声で尋ねてきた。
「はい。今ここでやってしまいましょう。協力お願いします」
「わかった」
 今の私は不思議なほど強気だ。
 この状態で裕太に偶然会って、しかも浮気現場である。別れ話をするには絶好のタイミングだろう。
「隣の方は、どちらさま?」
「そ、それはお前だって」
 私が低くゆっくりとした声で裕太に問うと、裕太は反対に震えた声でいかにも動揺しているような声で私に質問で返してきた。
「隣の方は荒木さんっていうの。相談に乗ってもらっていたんだ。裕太と別れるためにね」
「はぁ!? 詩織、お前なんで」
「は、何それ裕太。どういうこと?」
 裕太の隣にいた女性は私の言ったことを疑うことはせず、裕太をきつく睨みつけて両手で突き放した。
「おれ、俺は……えっと、あ、そう、そうだ! 浮気なんてしてねぇよ! こいつは俺のいとこで」
「マジないわ。あんたダサすぎ。彼女さんごめん。うちも裕太に騙されてたんだ。悪気はなかったの。まさか彼女がいるとは思わなかったし。彼女いるのに浮気してたとか最低すぎ。謝れよクズ」
「はぁっ!? 夏美まで……なあ、信じてくれよ詩織。俺は浮気なんてしてない!」
「はぁ……」
 私の敵は裕太だけ。
 裕太の浮気相手である夏美さんは、本当に裕太には交際相手がいないと思って付き合っていた様子だから、信じようと思う。
 それにしても、もっとマシな嘘は思いつかなかったのか?
 そう思ってしまうほどの裕太の哀れな姿に呆れ返ってしまい、もはや後悔や未練などない。
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