冷徹ドクターは初恋相手を離さない
「俺は絶対に許さない。こんな目に遭わせたお前も、詩織も! 俺は別れないぞ! 浮気もしていない!」
 まるで駄々をこねる子どものようだ。
 私はどうしてこんな男を一度でも好きになってしまったのかと自分自身にも呆れてしまう。
 夏美さんも恐らく同じようなことを思っていそうな顔をしながら、はぁ、と大きな溜め息をついて裕太の様子をただ眺めている。
「それは詩織のセリフだろう。どれだけ謝罪されたとしても到底許すことはない。そちらの夏美さんも同様に被害者だ。お前の浅はかな行動で、女性ふたりを傷つけているわけだからな」
 直哉さんは裕太を荒っぽく立たせると、裕太はへっぴり腰になって身構えていた。
 夏美さんを早く帰してあげたいところだけれど、裕太のことが解決しない限りは本人も帰りにくいだろうから、そろそろ私がなんとかして決着をつけないといけない。そう思っていた時だった。
「えっ」
「なっ!?」
 直哉さんは私の腰を引き寄せて、ぎゅっと強く抱いてきた。
「俺の方があんたよりも詩織を幸せにできると思うが?」
 そんなことを突然言われてしまい、恥ずかしさのあまり逃げようとするが、直哉さんの手はさらに強く私を抱き寄せる。
「詩織は俺の彼女だぞ!」
「そうだろうか。少なくとも詩織は別れたがっていた。そんな彼女の気持ちすら汲み取れないなら、俺がいなくてもいずれ別れる運命だったのでは? それに、俺は俺なりの方法で詩織を支える術がある。君は考えたことがあるのか? 大変な時に傍で支えてほしかった詩織の気持ちを。将来のことを考えていた時の詩織の気持ちを。まあ、わかっていたなら、こんなことにはなっていないだろうが」
 直哉さんは筋の通った主張を淡々と裕太に伝えていくと、裕太は何も言い返せずにぶつぶつと小言を言うだけであった。
「はあ。もう用は済んだ。帰ろう詩織。夏美さんも巻き込んでしまって申し訳なかった」
「あ、ああ、いえ。うちは全然大丈夫です……。はい。では、これで!」
 そう言って夏美さんは足早に人混みの中へと消えていった。
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