冷徹ドクターは初恋相手を離さない
「ああっ、間に合わない!」
 私は急いでいた。
 今日は母のお墓参り。直哉さんとの一泊二日の小旅行も兼ねている。
 宿泊施設は旅館だということは聞いていたけれど、到着してからのお楽しみと言われており詳しいことは教えてもらっていない。そして、二人の初旅行ということもあり緊張もしている。
「あ、線香とマッチ!」
 毎年お盆の時期にお墓参りに行っていたけれど、今回は直哉さんと行くためにお盆より少し早いタイミングで訪れることとしていた。
 最初は私だけで行くつもりだったが、直哉さんが私のお母さんに挨拶をしたいとのことだった。それに、私が中高生の頃に過ごしていた地域に行ってみたいと言ってくれたので、休みを調整して一緒に行くこととしたのだ。
 お墓参りもするため、あまり派手になりすぎないようにとアイボリーのサマーニットと深い青緑色のティアードスカート、ダークブラウンのフラットなパンプスのコーデでシンプルでキレイめにまとめてみた。
「はぁっ、はぁっ……お待たせしました」
「いや。俺も来たところ。じゃあ出発するよ」
「はい。お願いします」
 直哉さんはアパートの駐車場に車を停めて待っていてくれた。
 艶のある黒が綺麗なSUVタイプの車は、タイヤも大きくて高そうだ。そんな車の助手席に私が座ると、直哉さんは私の手を握る。
 左手首につけている黒の文字盤にシルバーのベルトが視界に入り、その腕時計を見ていると、秒針が時を刻む速度よりも私の鼓動の方が速かった。
「わっ!」
「可愛い」
「は、あっ、あ、ありがとうございます……」
 私のことをじっと見つめて直哉さんは微笑みながらそう言った。何回もこのように褒められているというのに、毎回私は照れてしまう。
 でも、嬉しい。
 私はこういった系統のコーデが好きということもありよく着ているが、それを直哉さんが可愛いと言ってくれるのは、自信を持ってこの服装を選べることに繋がっていた。
「直哉さんもかっこいい……です」
 直哉さんはシンプルなストライプのシャツを腕まくりして、ネイビーのテーパードパンツという爽やか涼し気な印象でありながら、落ち着いた大人の雰囲気でとてもクールに着こなしていた。
 なんだか私ばかり言われっぱなしも悔しくて、直哉さんにそう伝える。
「……っ、あ、う、うん。ありがとう」
 いつも私を褒めちぎる直哉さんは、実は褒め慣れていないのだろうか?
 こんな可愛らしい一面もあったとは驚いた。とても愛らしいなと思った。
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