冷徹ドクターは初恋相手を離さない
「まあね。自己紹介とか出会ったきっかけとかいろいろ話していた」
「私も直哉さんのことを紹介していました」
「詩織のお母さん、俺がいきなり来て驚いていないだろうか」
「うーん、たぶん私のお母さんはきっと驚くよりも嬉しい方が強いと思いますよ。私が独りになるのを誰よりも心配していましたから」
「そうか」
 つい母が生前言っていたことをそのまま口に出してしまった。今は直哉さんという恋人がいるのに、そんなことを言ったら失礼ではなかっただろうか。
 私が何か言い訳をしようと考えていると、直哉さんは母のお墓に近づいて話し始める。
「お母さん、心配しないでください。詩織さんを絶対離しませんから。寂しい思いなんてさせませんから」
 直哉さんのその言葉を聞いた私は、誰かに聞かれていたらと思うと恥ずかしいので、人が周りにいないか確かめてしまう。
「そんなこと外で言われたら恥ずかしいです……」
「ちゃんと言った方が詩織のお母さんも安心するかなって思って」
 直哉さんは特に表情を変えることなくそう言う。彼のそういうところに惹かれているのだなと改めて思うと、今日ここに二人で来られて良かった。
 もう少しだけ三人で話そうと思い、よく手入れされた綺麗な母の墓石を撫でながら語り出す。
「私がここに引っ越してきたのが中学一年生の時なのは前に話しましたよね」
「ああ。中高生の頃と卒業後に働いていた場所はここだと聞いている」
「はい。その前は横須磨にいたんです。横須磨で生まれ育って。それで、病院で直哉さんと出会って……」
 ふわりと吹く風が涼しくて、懐かしい思い出が次々に蘇る。
「四年生になる頃から徐々に父の異常さが気になったんです。母はいつも自分の思いを殺して父の言うことに逆らわず、酷いことを言われても受け流していて。機嫌を損ねないようにしていました」
 私が詳しくこの話をするのは初めてだった。
 閉ざされた過去の自分に触れるような感覚。今ならちゃんと伝えられる。何も隠さずに、私自身も蓋をしていたような深いところまで。
「それでも母は苦しんでいる姿を一切私に見せず過ごしていました。でも、限界だったんでしょうね。私が中学に入学するタイミングで両親が別れることが決まって、こちらに引っ越しました」
 お母さんごめんね。今までどれだけ謝っても許されないと思っていた。私がいるから、すぐにお父さんと別れられなかったのだと思う。
「その後は、母は女手一つで私が何不自由なくのびのびと生活できるように育ててくれました。でも、そこで私は母に感謝しつつも、苦労している母を困らせてはいけないと思ってだんだん私の悩みや思っていることを話せなくなっていったんです」
 母のせいではない。あくまで私自身が選択したことだ。そこだけはしっかり説明しないといけない。
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