冷徹ドクターは初恋相手を離さない
「なるほど」
 私の受け持ち患者さんは二人。乳がんの摘出手術を控えた吉村由美子さん四十代と、大腸がんの摘出手術とそれに伴うストーマ造設術を終えた村田ミツエさん七十代。どちらも女性。
 カルテにはこれまでの外来受診での記録や、検査結果、術中の経過、術直後の経過など全ての記録が保存されている。特に吉村さんは手術前に腫瘍を小さくするための術前化学療法も行っていたことがわかった。
 これからどういった関わりをするべきか考えながら、私は電子カルテを食い入るように見る。

「あ、そろそろ行かなきゃ」
 時計が八時十二分を指していたため、ナースステーションに向かう。
 スタッフさんの邪魔にならないように壁際に立ち、メモ帳とペンを構えて申し送りが始まるのを待つ。
 すると、夜勤の看護師さんたちが戻ってきて申し送りが始まろうとしていた。いつもは遭遇しない消化器外科の先生たちもナースステーションに来て、師長さんやリーダー看護師さんと話している。
 その後、この病棟では見覚えのない男性医師が肩に手を添えて首を左右に傾けてストレッチしながら登場した。

(初めて見る先生だ。乳腺外科の先生……?)
 紺色のスクラブを着た、背が高くてがっしりとした身体つきの先生。
 キリっとした釣り気味の眉毛に切れ長な奥二重の瞳も相まってクールな印象。
 爽やかな黒髪の短髪は耳や目にかからない長さで、ふんわりとした七三分けにセットされている。鼻筋が通っていて精悍な顔つきな上に首も太い。何かスポーツでもしているのかと思わせる体格の良さ。年齢は私と同じくらいか三十代前半だろうか。
 思わず『かっこいいな』だなんて思ってしまった。そんな目で実習先の医師を見るなんてよろしくないことなのに。

(乳腺外科の先生なら、今後また見かけることもあるかもしれない。受け持ち患者さんの主治医だろうし、ちゃんと顔と後ろ姿を覚えておかないと……)
 そんなことを思いながら時計を見ると、始業を報せるチャイムが鳴った。始業時間の合図とほぼ同時に申し送りが始まる。
 申し送りでは、夜勤の経過や主な処置、注意事項などが日勤に情報共有される。その後、今日のオペ予定や入浴介助、面会情報、事務連絡など順を追って伝えられていく。
 こんな風に私も簡潔に、そして正確に伝わりやすく申し送りができるようになるのだろうかと不安に思いながら聞いていく。
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