冷徹ドクターは初恋相手を離さない
「それじゃあ今日もよろしくお願いします。では手指消毒してください」
 師長さんがそう言って申し送りの終了を告げる。そして、感染対策のために手指消毒を行う。
 申し送り後は学生が指導看護師に本日の計画を伝え、必要に応じて変更をする調整の時間がある。
 ナースステーション内を見渡すと、今日の指導看護師である藤野さんを発見した。テキパキと仕事をこなしていてかっこいい。
 私が声をかけようとすると、逆に藤野さんから声をかけてくれた。

「ごめん、今これ終わらせちゃうから後で聞くね。控室で待っていてくれる? 手が空いたらこっちから行くから」
「はい、わかりました。よろしくお願いします!」
 指導看護師さんの優しい声かけに感謝しつつホッとしてしまう。
 どうしても高圧的で近寄り難いような雰囲気の人だと萎縮してしまって思うように言葉が出てこないなんてことも過去にはあったからだ。
 しばらく控室で援助計画を見直したり根拠を固めたり、回収しきれなかった情報を集めたり患者さんとどういう会話をしようかなど考えておく。
 すると、先程見かけた乳腺外科の先生と思われる男性の医師が控室に一歩入ってきた。

「あ、ごめん。ここ使ってる?」
「あっ、いえっ! 今出ます」
「いいよ、ここにいて。隣の部屋のパソコン使うから」
 そう言って先生は私の方を見て、少しだけ目を細めて笑いかけてくれた。
 学生の身分である私が医師と会話することなんて滅多にないから、反応に困ってしまう。

「ありがとうございます」
 私がお辞儀を軽くした頃には、もう先生の姿は見えなかった。
(荒木先生っていうのね。名前、覚えておこう)
 胸元の名札をさりげなく見て、しっかり名前を覚えることができた。

「あれっ、荒木先生って……?」
 そこで急に思い出した。去年の領域別実習で同じグループだった子が、荒木先生について話していた気がする。
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