冷徹ドクターは初恋相手を離さない

第12話

 あの旅行から戻りいつも通りの日常が再開して、すっかり十月となった。
 夏休みを振り返ると、とても充実した日々を過ごしたと思う。直哉さんとの旅行はもちろん、国家試験の勉強をしつつ大学四年生として毎日のように研究室に通ってアンケート調査の結果をまとめ、分析するといった作業をしていた。おかげでほとんど休みはなかったけれど、どのゼミよりも作業が進んでいるとのことで、今後の発表や論文のまとめにゆとりを持つことができて感謝している。
 大学では後期の授業が始まったものの、私たち看護学科の四年生は基本的に卒業研究しか残っていないような状況だった。

 いつも通り朝から研究室に行くと、ゼミの先生から世愛総合病院がん相談支援センター主催の二十代から四十代の女性に向けた講座を開催するとのことで簡単なお手伝いをしてくれないかと声がかかった。
 もちろん私はその誘いに快諾し、講座のポスターをもらって詳細を確認した。ポスターのちょうど真ん中あたりに講師紹介の欄。そこを見た瞬間もう一度その箇所を見てしまう。
『講師:世愛総合病院乳腺外科医師 荒木直哉』と記されていたのだ。

 今回の講座は二時間程度で終わるし何も起こらないはずだ。私はそう思いながら、会場に向かった。
 会場は駅前にある図書館の会議室。この図書館は駅ビルの近くにあり人通りも多い場所である。そして今日は土曜日ということもあり、想像以上に参加申込者がいた。
 乳がんという疾患は女性にとって身近な存在だろうから、話を聞いてみたいという興味関心がある人も多いのだろう。
 私は準備のため会場に入り、会場設営や動作確認などを担当した。
 参加者用にテーブルやイスを並べ、資料を置いてまわる。その後はプレゼン資料がパソコンと接続されたスクリーンに資料が映るか確認したり、マイクの音量を調節したりしていた。
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