冷徹ドクターは初恋相手を離さない
『世愛総合病院に荒木先生っているんですけど、まじで怖いらしいですよ。看護学生にも容赦なく質問してきたり睨まれたりとか。とにかく怖いって話を先輩とか看護師さんにも聞いてて~。うちでも過去に泣かされた先輩もいるみたいですよ。要注意ですからね!』

 その子は人脈が広くて、学内はもちろん他校の学生の知り合いも多いし、その繋がりなのかはわからないけれど自分より何歳も年上の人や医療関係者ともよく飲みに行っているような子だ。
 信憑性は定かではない噂ではあるけれど、荒木先生には厳しくて冷徹な人だというイメージがあるらしい。顔写真もその話を聞いていた時に見せてもらったけれど、たしかこんな感じの顔だった気もする。

(そんな怖い人には見えなかったけどなぁ……)
 噂話というのは誇張されて広がっていくものだし。みんなが思っているような人ではないのかもしれない。
 今まで実習先の医師に対してあれこれ考えることなんてなかったのに。
 私は荒木先生のことが少しだけ気になってしまっているのかも。

「葉山さーん! おまたせ。ごめんね遅くなっちゃった。計画聞くよ」
「はい! ありがとうございます」
 私が実習に関係のないことを考えようとしていたタイミングで、藤野さんが遠くから控室に顔を見えるようにしながら軽く手を振って声をかけてくれた。
 それから私は、実習前に立案してきた援助計画や今日のスケジュールも話した。
 藤野さんは優しくて、私がカルテでは収集できなかった情報を教えてくれたり、今後の援助計画に役立ちそうなアドバイスもくれたりと親切な看護師さんだった。
 藤野さんは自分の仕事で忙しい中、学生のことを気にかけてくれている。だから私はそれを無駄にしてはいけない。そう思うと、気持ちも自然と引き締まる。

「よし。村田さんのケアはこのままでオッケー。バイタル測ったら後で報告してね~。それと、吉村さんは術前ってこともあるからコミュニケーション中心でいくのね? 了解」
「はい。本日はよろしくお願いします!」
「はーい。また何かあったら声かけてね~」
 藤野さんはそう言ってワゴンを押して受け持ち患者さんの検温に向かって行った。
 私は今日入院する受け持ち患者さんである吉村さんは、到着して事務手続きを終えてから訪室することになっている。だいたいお昼までには病棟に上がってくるとのことだったので、それまでは待機だ。
 受け持ち患者さんの吉村さん、村田さんはどんな人だろうか。今までいろんな患者さんと会ったけれど、毎回初対面の時は緊張している。
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