冷徹ドクターは初恋相手を離さない
「消防に通報はしましたか」
 私は斜め前でスマホを使って撮影しようしていた若い男性に声をかける。
「い、いや……今さっき倒れたみたいなので……」
「じゃああなたが一一九番をしてください」
「わかりました!」
「あなたは……って、裕太!? 何そこに突っ立っているのよ! 早くAED持ってきて!」
「は、はいっ!」
 AEDを持ってきてもらおうと依頼しようと辺りを見たら、そこには偶然突っ立ったままの裕太がいて、思わず指名してしまった。
 しかしそんなことはどうでもいい。今は目の前の急病人への処置をしなくてはいけない。
 ここまで誰も手伝ってくれそうな雰囲気はない。
 そう判断した私は、次の段階に移る。対象者の呼吸状態の確認をするために胸部に目をやるが、胸や腹部は上下していない。
(呼吸もなし。これはまずいかもしれない……)
 ただちに胸骨圧迫を始めることとした。
「いち、にっ、さん、しっ、ご、ろく……」
 九月にあった一時救命処置の講習を受けておいてよかった。
 強く、速く、絶え間なく。
 人工呼吸はせずとも胸骨圧迫だけでもいいと消防士さんは言っていた。ひたすらこの人が助かってほしい一心で胸骨圧迫をする。
「いち、にっ、さん、しっ、ご、ろく……」
 知らぬ間に周りにいた女性たちが倒れている人が見えないように壁を作ってくれていた。これならプライバシーの保護も問題ないだろう。
 ひたすら私は肘が曲がらないようにしながら体重をかけて繰り返し胸骨圧迫を続ける。三十回の胸骨圧迫を一セットとすると、三セット目には疲れが見えてきた。
(誰か変わって……)
「詩織! AED持ってきた!」
 ふらふらとしてきた時、裕太がAEDを持って到着した。
「ありがとう。それ、開いて電源つけて! 開いたらパッドを右胸と左胸の側面に貼って!」
「ど、どこに、どうやって」
 本当は誰かに変わってほしい。私の体力も限界だ。
「絵に書いてる! パッドはそのシート外して貼る!」
「は、はいぃっ!」
 つい強い口調で言ってしまっているが、こればかりは許してほしい。裕太に恨みがあるとかそういう理由はない。無関係だ。
 ただ、目の前のことに必死で強い口調になってしまうのだ。
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