崖っぷち漫画家はエリート弁護士の溺愛に気付かない
「弄んでねぇって」
「もう知らない」
 フンッと彼から顔を逸らした私がソファにドカッと座り直して拗ねると、そんな私の前にひらりと一枚の紙が差し出される。
 それは紛れもない婚姻届だった。
 
「本心だっつの」
「え」
「で、どっちが弄んでるって?」
 そう言った彼の顔からはもうどこか腹立たしいニマニマは消え、慈愛の笑顔を浮かべている。
 絶対自分の顔がイイことを理解してやっているやつだ。
(そうわかってるけど)

「……バカ」
「よし、じゃあ午後の予定は決まったな。その後はなんか映画でも観に行くか?」
「あっ! だったら私、気になってるアクションものがあるんだよね」
「みのり、そういうドハデなやつ好きだよな」
「高尚もでしょ」
「いや、俺はミステリーも好きだ」
「ハイハイ」

 特別な記念日でもなんでもない、ただ休みが合っただけの日。
 それでもふたり一緒なら、どんな日だって特別というやつなのだろう。
(ま、記念日にこだわるような人だったら怒ったと思うんだけど)
 でもこの緩さこそが私たちらしい。
 こんな日常を、これからも彼と過ごしたいから。

 どうやら今日というなんでもないこの日が、私たちの特別な記念日になるらしい。
 そんな新たな門出に、私の心は相変わらず躍っていたのだった。
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