シンママ派遣社員とITコンサルの美味しい関係

第十三話「スーパーでの遭遇-その2」

 週末の夕方、美咲は大翔と一緒に駅ビルのスーパーに立ち寄っていた。
 店内には週末の買い出しをする家族連れや、一人暮らしらしき男性客の姿がちらほら。

「ママー、プリン買っていい?」

「今日は特別ね。ひとつだけよ」

 大翔が嬉しそうにプリンを手に取るのを見て、美咲はカゴの中を確認する。
 野菜、牛乳、鶏肉……明日のお弁当の材料はこれで足りるだろうか。

「よし、あとは卵を買ったらレジに行こうか」

 そう言って卵売り場に向かおうとしたとき、不意に大翔が声を上げた。

「あっ! お兄さん!」

「え?」

 驚いて大翔の視線を追うと、少し先の鮮魚コーナーに、見慣れた姿があった。
――瀬尾さん……?

 黒のジャケットにシンプルなパンツ。仕事のスーツ姿とは違い、少しラフな印象だ。
 彼は買い物カゴを片手に、真剣な表情で鮮魚のパックを眺めていた。

「瀬尾さん?」

 声をかけると、彼は振り向き、一瞬驚いたように目を見開いた。

「佐伯さん……偶然ですね」

「ほんとですね」

「お兄さん、何買ってるの?」

 大翔が興味津々に覗き込むと、瀬尾はカゴを少し持ち上げて見せた。
 中には、白身魚のパックと、ハーブ、レモン、オリーブオイルが入っている。

「今日はアクアパッツァでも作ろうかと思って」

「アクア……なに?」

「魚と貝をトマトで煮込む料理。簡単だけど、旨味が出ておいしいんだ」

「ふーん……お兄さんって、ほんとに料理上手いんだね!」

 大翔は純粋に感心した様子で、瀬尾を見上げた。
 そして、次の瞬間、思い出したように顔を上げ、満面の笑みで言った。

「ねえ、お兄さんのご飯、また食べたい!」

 美咲は「えっ」と驚いたが、大翔はまっすぐに瀬尾を見つめている。

「この間のお肉、おいしかったもん! 」

 瀬尾は少し驚いたようだったが、すぐに落ち着いた表情になり、小さく微笑んだ。

「そうだな……じゃあ、また今度作ろうか」

「やったー!」

 大翔が嬉しそうに飛び跳ねるのを見て、美咲は思わず苦笑した。

「すみません、なんだか催促したみたいで……」

「いえ、大翔くんが喜んでくれるなら、作るのも楽しいですから」

 さらりとそう言う瀬尾の言葉に、美咲は少しだけ胸が温かくなるのを感じた。
 この人は、誰かのために料理をするのが、本当に好きなんだな――。

「じゃあ、今度の週末、都合がよければどうですか?」

「え?」

「夕飯でも。一緒に作りましょう」

「……それは、大翔が喜びそうですね」

 美咲がそう答えると、瀬尾は軽く頷いた。

「じゃあ、メニューは後で考えます。何かリクエストがあれば、教えてください」

「じゃあね、お兄さん! またね!」

 大翔が手を振ると、瀬尾は小さく手を上げて応えた。

 買い物を終えて帰る道すがら、大翔は何度も「楽しみだなぁ」と呟いていた。

 美咲の心はどこか穏やかだった。
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