シンママ派遣社員とITコンサルの美味しい関係

第十七話「お迎えを代行」

 美咲は、部長の鷲尾に頼まれた幹部会議用の資料作成に追われていた。
 プロジェクト管理システムから各プロジェクトのオーダーとコストのデータを抽出し、一覧にまとめる。
 これだけなら慣れた作業だが、今回は社員コストと外注コストを分けて出すよう指示されており、想定以上に時間がかかっていた。

 ――もうすぐ学童のお迎え時間……間に合うかしら。

 時計を見ると、終了時間ギリギリになりそうだった。
 焦る気持ちを抑えつつ、手を動かし続ける。

 そんなとき、退社中の瀬尾が通りかかり、ふと足を止めた。

「佐伯さん、忙しそうですね」

「ええ、ちょっと思ったより手間取ってて……」

「それは大変ですね。でも、あまり遅くなると、大翔くんのお迎えが大変では?」

 その言葉に、美咲は一瞬動きを止めた。
 忙しさに気を取られていたが、まさに今、それが一番の問題だった。

「そうなの。学童保育の終了時間ギリギリになりそうで……」

 瀬尾は少し考えたあと、静かに言った。

「僕が迎えに行きましょうか?」

「えっ?」

 予想していなかった申し出に、美咲は驚いて彼を見上げる。

「でも、親じゃないと渡してもらえないかも」

「大翔くんなら、大丈夫ですよ。佐伯さんから学童の先生に電話して事情を説明しておけば、僕からも改めて説明しますし」

――そんなことまでしてくれるの?

 美咲はためらった。
 しかし、時計を見れば、もうギリギリだ。

――ここは素直に頼るべきかもしれない

「……助かります。お願いしてもいいですか?」

「もちろんです」

 瀬尾がそう言うと、当たり前のようにコートを整え、スマホを手に取った。
 その落ち着いた様子に、美咲の緊張が少しだけ解ける。

   ◇◇ 

 美咲が仕事を終え、急いで瀬尾のマンションに向かうと、大翔が楽しそうに話している声が聞こえた。

インターホンを押すとすぐに「どうぞ」という声が帰ってきた。

 部屋に入ると、大翔がノートを広げ、宿題をしている。

「そうそう、その答えで合ってるよ。ちゃんと式も書けてるし、いいね」

「えへへ」

 美咲はその光景を見て、思わず息をのんだ。

――こんなふうに、大翔の勉強を見てくれる人がいるなんて。

「あっ、佐伯さん、お疲れさまです。無事、お迎えできましたよ」

「ありがとうございます、本当に……」

「いえ、僕も楽しかったので」

 瀬尾は当たり前のように微笑んだ。

 その穏やかな表情を見て、美咲はふと心の中で思った。

――この人は、本当に頼れる人なのかもしれない。

 大翔が懐くのも無理はない。
 そして、美咲自身も――少しずつ、瀬尾という存在を特別に感じ始めていた。
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