シンママ派遣社員とITコンサルの美味しい関係

第二十話「一緒にいたい」

 週末、水族館。

 館内は親子連れやカップルで賑わっていたが、青く照らされた水槽の中は別世界のように静かだった。
 大翔は水槽に張りつき、目を輝かせながら泳ぐ魚をじっと見つめている。

「ママ! 見て、すごく大きなエイ!」

「ほんとね、大きいわ」

 美咲が隣で微笑むと、大翔はさらに水槽に顔を近づけた。
 その様子を横で見ながら、瀬尾がふっと笑う。

「本当に魚が好きなんですね」

「ええ、小さい頃から。図鑑も何冊も持ってるのよ」

「へえ、それはすごい。今日は来てよかったですね」

「……ええ」

 美咲は、ふと瀬尾の横顔を見た。
 最初はただの同僚だったのに、いつの間にか、こうして大翔と一緒に出かける存在になっている。
 そのことに、改めて不思議な気持ちになった。

   ◇◇

 水族館を楽しんだ後、3人は近くの池に囲まれたレストランのテラス席で休憩していた。

 大翔はジュースを飲み終えると、「ちょっと見てくる!」と言って、池のほとりに集まる水鳥たちのほうへ駆けていった。

「気をつけてね」

 美咲が声をかけると、大翔は元気よく手を振って、夢中で鳥を観察し始める。

 テラス席には、美咲と瀬尾の二人だけが残った。

 風が静かに吹き抜け、池の水面が揺れる。

 美咲はコーヒーを一口飲み、何気なく瀬尾を見た。

「今日は、ありがとうございました。大翔もすごく楽しそうで」

「僕も楽しかったですよ」

 瀬尾はコーヒーのカップを持ちながら、穏やかに微笑んだ。

「……佐伯さん」

 急に真剣な声になり、美咲はハッとして彼を見る。

「何かしら?」

 瀬尾は少しだけ視線を落とし、考えるように間を置いた。
 そして、ゆっくりと口を開く。

「そろそろ、ちゃんと言わなきゃいけないと思って」

「……?」

「僕は、佐伯さんと大翔くんと、一緒に未来を歩みたいです」

 美咲は息をのんだ。

「え……?」

「最初は、大翔くんが懐いてくれたのが嬉しくて、ただ頼ってもらえるのが心地よくて……でも、それだけじゃなくなりました」

 瀬尾はまっすぐ美咲を見つめる。

「佐伯さんは、僕にとってただの同僚じゃないし、大翔くんも、もう僕にとって大切な存在です」

 静かに、けれど力強く、彼は言葉を続けた。

「だから、結婚を前提にお付き合いしたいと思っています」

 美咲は驚きのあまり、すぐには言葉が出てこなかった。

「私……」

 心臓が、早鐘のように鳴る。

――私は、どう答えたらいいんだろう。

「でも……私は6歳も年上で、バツイチのシングルマザーよ?」

 それだけは、言わずにいられなかった。

「そんなの関係ないです」

 瀬尾は即答した。

「僕が一緒にいたいと思うのは、今の佐伯さんだから。それに……大翔くんのことも、ちゃんと考えています」

 彼の言葉は、まっすぐで、迷いがなかった。

――瀬尾さんは、本気なんだ……。

 美咲は唇をかみしめ、視線を落とした。

「すぐに答えを出さなくてもいいです」

 瀬尾の声が、優しく続く。

「でも、考えてみてください。僕と一緒にいる未来を」

 美咲はそっと顔を上げ、瀬尾の瞳を見た。

 その瞬間、遠くから大翔の元気な声が響く。

「ママー! すっごく大きい鳥がいたよ!」

 大翔が駆け寄ってきて、美咲はとっさに表情を整えた。

「本当? どんな鳥だった?」

「白くて、大きくて、すごくかっこよかった!」

 大翔は満面の笑みを浮かべ、瀬尾の方を見て言った。

「お兄さんも見たかったよね!」

「そうだね、見たかったな」

 瀬尾が優しく微笑み、大翔の頭を軽く撫でる。

 美咲は、その光景をそっと見つめた。

――考えてみてください、か……。

 瀬尾の言葉が、胸の奥で静かに響いていた。
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