シンママ派遣社員とITコンサルの美味しい関係

第二十六話「新たなスタート」

 暖かな春の日差しが差し込むチャペル、美咲は純白のドレス姿で亮介と並んで立っていた。

 扉が開くと、参列者の視線が一斉に二人に向けられる。

――ついに、この日が来たんだ……

 亮介がそっと美咲の手を握る。

「大丈夫?」

「ええ、亮介が隣にいるから」

 ゆっくりとバージンロードを歩き始める。
 その先には、大翔が嬉しそうに座っていた。

「パパとママの結婚式!」

 弾むような声が聞こえ、美咲は思わず笑みをこぼす。

 大翔と二人きりだった日々が思い出される。
 シングルマザーとして必死に生きてきたあの頃、もう誰かと人生を歩むことなんて考えもしなかった。

 でも、今は――。

 隣に、亮介がいる。
 その手は、これから先もずっと離れないと誓うように、しっかりと美咲の手を握っていた。

   ◇◇

 披露宴は、小さなレストランの貸切で行われた。
 家族と、ごく親しい友人だけのアットホームな雰囲気。

「美咲、本当におめでとう!」

会場の隅で、美咲は友紀子に声をかけられた。

「ありがとう、友紀子。来てくれて嬉しい」

 友紀子はワイングラスを片手に、美咲の手をぎゅっと握ると、少し目を潤ませながら笑った。

「本当におめでとう、美咲! 最初に亮介さんのことを話してくれたときから、絶対うまくいくって思ってたけど……ついにこの日が来たのね!」

 美咲も思わず笑う。

「もう……そんな大げさに言わないでよ」

「いやいや、大げさじゃないって! だって、最初は『そんなつもりじゃない』とか言ってたくせに、今じゃ立派な新郎新婦じゃない!」

「……まあ、そうね」

 美咲は少し照れながら亮介の方を見る。
 彼は大翔と一緒にゲストたちと談笑していた。

「でもね、友紀子が背中を押してくれなかったら、私はまだ迷ってたかもしれない」

「でしょ? 私がいなかったら、この幸せな結婚式もなかったってことよね。感謝してもいいのよ?」

「はいはい、ありがとう」

「よろしい!」

 二人は顔を見合わせ、グラスを軽く合わせる。
 
「……でも、本当に美咲がこんなに幸せそうなのを見られて、私も嬉しい」

 友紀子のその言葉に、美咲はそっと目を細めた。

「ありがとう、友紀子」

  ◇◇

 大翔は、亮介の隣にちょこんと座っていた。
 さっきからそわそわしている。

「大翔、どうした?」

「……えっとね」

 大翔は少し恥ずかしそうに、美咲と亮介を交互に見上げた。

「パパとママになったから……今日からお兄さんって呼ばなくてもいい?」

 美咲は息をのんだ。
 亮介も驚いたように目を丸くする。

「じゃあ、なんて呼ぶ?」

「……パパ!」

 その瞬間、亮介の目が優しく細められた。

「ありがとう、大翔」

 亮介がそっと大翔の頭を撫でると、大翔はちょっと照れくさそうに笑った。

   ◇◇

 結婚式を終え、新しいマンションで迎えた最初の朝。
 キッチンでは、美咲と亮介が並んで朝ごはんの準備をしていた。

「卵焼きは僕がやるよ。味は甘めと出汁入り、どっちがいい?」

「大翔は甘めが好きよ」

「じゃあ、そっちにしよう」

 美咲は味噌汁の鍋をかき混ぜながら、ふと横目で亮介を見た。
 自然にキッチンに立ち、慣れた手つきで卵を焼く姿に、思わず笑みがこぼれる。

 ちょうどその時、リビングから眠そうな声が聞こえてきた。

「ママー……」

「あ、大翔起きたみたい」

「じゃあ、そろそろ盛り付けちゃおうか」

二人で手際よく料理を並べ、朝ごはんの準備が整う。

「おはよー……あっ!」

リビングから出てきた大翔が、テーブルを見て嬉しそうに声を上げた。

「パパも一緒に作ったの?」

「そうだよ。一緒に作ると楽しいね」

亮介が微笑みながら言うと、大翔は満足げに頷く。

「じゃあ、みんなで『いただきます』しよう!」

「ええ、いただきます!」

 3人の声が揃い、新しい生活の最初の朝ごはんが始まった。

 美咲は、湯気の立つ味噌汁を口に運びながら、心の中でそっと思う。
――家族になるって、こういうことなんだ。

 特別なことがあるわけじゃない。
 でも、こうして一緒に朝ごはんを作って、食卓を囲む。

 そのことが、何より幸せだった。
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