シンママ派遣社員とITコンサルの美味しい関係

第六話「スーパーでの遭遇」

 仕事帰り、美咲は駅ビルのスーパーに立ち寄った。
 カゴに牛乳とパン、大翔の好きなヨーグルトを入れ、野菜売り場へ向かう。
 ふと視線を上げると、見覚えのある後ろ姿が目に入った。
――瀬尾さん?

 意外な場所での遭遇に驚きつつ、何気なく彼のカゴの中を覗くと、肉や魚、ハーブやスパイスまで、プロ顔負けの食材が入っていた。

「……なんだかすごいですね」

 思わず声をかけると、瀬尾は振り向き、少し驚いた表情を見せた。

「ああ、佐伯さん。偶然ですね」

「料理、趣味だとは聞いてましたけど、本当に凝ってるんですね」

「まあ、実験みたいなものですよ。今週末は低温調理の新しいレシピに挑戦しようかと」

「そんなの家でできるんですか?」

「できますよ。温度管理さえすれば、驚くほどしっとり仕上がります」

 瀬尾はそう言いながら、手にした真空パックの鶏むね肉を示す。

「へぇ……ちょっと興味あります」

「レシピ知りたいですか、教えましょうか?」

 美咲は少し迷ったが、「それじゃあ、今度ぜひ」と軽く微笑んだ。

 職場を離れてこんなふうに話すのは初めてだったが、不思議と違和感はなかった。
 スーパーという日常の空間のせいか、瀬尾の雰囲気もいつもより少し柔らかく感じられる。

   ◇◇

 週末の夜、美咲は瀬尾にもらったレシピをスマホで確認しながら、キッチンに立っていた。
「鶏むね肉の低温調理」シンプルなレシピだが、普段の自分なら挑戦しないような調理法だった。
――本当にこれで柔らかくなるのかしら。

 半信半疑のまま、お湯の温度を確認し、指定された時間だけ火にかける。
 待っている間、リビングでは大翔が折り紙で遊んでいた。

「ママー、おなかすいたー」

「もうすぐできるよ。今日は新しいメニューだから楽しみにしてて」

 やがて、火を止めてお湯から取り出し、包丁を入れると――
 驚くほどしっとりとした断面が現れた。
 本当にパサついてない……!

 ひと口味見すると、想像以上にジューシーで驚いた。

「ママ、これなに?」

「鶏よ。新しい作り方に挑戦してみたの」

「おいしそう! ぼくも食べる!」

 大翔が夢中で頬張るのを見て、美咲はふとスマホを手に取る。
 一瞬迷ったが、結局、瀬尾にメッセージを送ることにした。

「教えてもらったレシピ、試してみました。驚くほどしっとりしていて、大翔も気に入ってました。ありがとうございます」

 送信ボタンを押して数分後、瀬尾からの返信が届く。

「よかったです。佐伯さんならきっと上手く作れると思ってました」

 たったそれだけの短い文章なのに、美咲は思わず口元がほころんだ。
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