シンママ派遣社員とITコンサルの美味しい関係

第八話「何気ない会話」

 仕事が一段落した美咲は、オフィスのリフレッシュエリアでコーヒーを飲みながら休憩していた。
 窓際のカウンター席に座り、遠くのビル群を眺めながら一息つく。

 そこへ、瀬尾亮介が入ってきた。
 ふと美咲を見つけると、コーヒーベンダーでコーヒーを淹れ、隣の席に座る。

「佐伯さんも休憩ですか?」

「ええ。ちょっと区切りがついたので」

 瀬尾は軽く頷き、ブラックコーヒーをひと口飲む。
 しばしの沈黙の後、美咲が口を開いた。

「瀬尾さんは、ブラックなんですね」

「ええ、甘い飲み物は苦手で。でも、佐伯さんはミルク入れてますね」

「ええ。疲れたときにはミルクいれてます」

 そんな何気ない会話の流れで、瀬尾がふと尋ねる。

「佐伯さん、週末は息子さんとどこか出かけたりするんですか?」

「最近は公園が多いですね。家だとゲームばっかりになっちゃうので、なるべく外で遊ばせるようにしてます」

「なるほど。旦那さんも一緒に?」

「……あ、いえ。私一人なんです」

 一瞬の沈黙。

 瀬尾は少し驚いたように目を見開いたが、すぐに「そうだったんですね」と軽く頷いた。
 特に詮索する様子もなく、それ以上の言葉は続かない。

 美咲は、コーヒーをひと口飲んだ。
 シングルマザーだと話すと、時折、相手が気まずそうな表情を浮かべることがある。
 でも瀬尾はただ、淡々と受け止めたように見えた。

「親が私だけなので、どうしても息子に寂しい思いをさせてるかなって思うことはありますけどね」

 美咲がさらりとそう言うと、瀬尾が少し考え込むような間を置いてから口を開いた。

「……佐伯さん、一人で子育てしながら働いてるんですね」

「まあ、やるしかないですから」

 そう言って、美咲は笑った。
 自分にとっては当たり前になった生活。でも、それを口に出すと、時々、相手は気を使ってしまうことがある。
 瀬尾の反応を見てみると、特に変わった表情もなく、ただ彼なりに受け止めているようだった。
――この人、やっぱり余計なことは言わないのね。

 美咲は少し安心して、カップを両手で包み込んだ。
 窓の外に視線を移すと、都会のビル群が静かに広がっている。
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