いきなり三つ子パパになったのに、エリート外交官は溺愛も抜かりない!
 粕屋がこんな話をするようになったきっかけは、裕斗が帰国してひと月経った頃に参加した、とあるパーティーだ。

 パーティーには粕屋が懇意にしている参議院の重鎮、遠藤議員が参加していたのだが、彼の娘が裕斗のことを気に入ったらしく密かに人物調査をされていたらしい。

 おそらく仕事の成果やプライベートでの振る舞い、それから家柄なども確認され、問題がないと判断されたのだろう。

 数日後、粕屋を通して見合いの打診が入った。

 パーティーでは挨拶程度しかしておらず、議員令嬢の顔もぼんやりとしか覚えていないくらいだったから、裕斗は酷く驚いた。

 その場で断ったものの、粕屋としてはせめて顔合わせの機会だけでも設けたいようだ。

 あまり強引に話を進めて問題になるのはまずいので、言い方は控えめだが、彼の焦りが見て取れる。

 恩があると言っていたが、遠藤議員に何か弱みでも握られているのかと思うほどの執念深さだ。

 とは言っても、裕斗の意向は変わらない。

「申し訳ありませんが、見合いは考えていませんので」

「そうはいっても、羽澄ももういい年だろう? せっかく緋香里(ひかり)さんが望んでくれているのに……いや、なんでもない」

 まだまだしつこく言いつのりそうだった粕屋だが、裕斗の表情から本気の嫌悪を感じとったのか、しぶしぶといった様子で引き下がった。

「お先に失礼します」

 また何か言われる前に、裕斗は早々にオフィスを出た。

 午後八時。外は日が落ちて辺りはすっかり暗くなっている。

 霞ヶ関には多くの省庁があり、裕斗と同様駅に向かう職員があちこちにいる。

 駅までの道すがら、粕屋とのやり取りを思い出してしまい、裕斗は深いため息を吐いた。

(簡単には諦めてくれなそうだな……)

 裕斗は結婚に否定的な訳ではない。幸せな未来を思い描いたこともある。しかし……。

(今はそんな気になれないな)

 本気で大切にしたいと思った女性――麻衣子と別れてから、裕斗の感情はすっかり冷めきってしまったようだ。

 どんなに素晴らしい女性が相手でも見合いすらする気になれない。

(麻衣子……)

 心の中に彼女がまだいるからだと自分でも分かっている。

 一方的に別れを告げられてから、できる限りの手を使い彼女を捜したが、行方は分からないままだった。海外からでは取れる手段が限られていた。
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