まだ誰も知らない恋を始めよう
「……でも、君は帰らなきゃ。
 史学部で首席を続けて、奨学金を来年ももぎ取らないといけないし、大行列をさばいてケーキだって売らないと。
 兄上に叱られないように20時までには迷惑男を追い出して、休みの日には中央市場の売り切りで生き馬の目を抜く。
 そんな日常に帰らなきゃ、駄目だよ。
 俺に付き合って……一緒に居てくれるのは嬉しいけど、そんな事していたら、君は失うものが多過ぎる」

「……何、それ?
 失うもの、って……」


 今、ご家族に認識して貰えないフィニアスが素直に自宅に戻るとは思えない。 

 じゃあ、何処へ行く?
 ひとりで、何処かに行こうとしてる?
 もしかして、ひとりでメイトリクスを、探しに行こうとしてるの?
 


 この胸には、さっきオル君が何気なく彼に言った言葉が残っている。


「師匠からの攻撃の盾になるつもりで、お姉さんに抱きついて、守ろうとしてるのは分かる」



 わたしを守ろうとして、震えるわたしを抱き締めて、盾になろうとしてくれたフィニアスを思い出すと、胸の辺りが痛くなる。
 

 ねぇ、フィニアス。

 他に失うものが多くても、わたしは貴方を失いたくないよ。


 だから、決めた。

 わたしを貴方の恋人にして。

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