まだ誰も知らない恋を始めよう
 少し目を伏せて、そう言いながら。
 ジェリーは問題集を静かに閉じて、わたしに向き合った。
 浮かべた表情は通常の冷静なジェリーだったけれど、膝の上に置いた本の表紙を撫でる彼女の指先がかすかに震えているのが見えて。
 その様子と彼女の言葉に、違和感を覚えた。


 オルくんに『会った』じゃなくて、『会えた』って、何?
 もしかしてジェリーは彼に『会ってない』の?
 まさか、ふたりは『会えない』の?


 オルくんはジェリーの事を『嫁』と言い、ふたりの関係は魔法学院公認だと思われるのに……
 きっとわたしには話せない事情があるんだろうと、こちらから聞き出すのはやめた。


 仕事の入り時間の16時まで、まだまだ余裕があった。 
 3つ年下のジェリーとは、お互いに悩みを打ち明けるような、そんな関係じゃない。
 同じシフトに入った時、同じ時間に休憩を取った時。
 言葉を交わすくらいの、ただの同僚。


 それ位の関係なのに、どうしてそんな気になったんだろう?
 自分でもよくわからない。
 始めに理由も話さずに相談した時は、余計な事は何も言う気は無かったのに。


 今日は全部聞いて貰おうと思った。
 ……わたしの能力の話も含めての、全部。


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