まだ誰も知らない恋を始めよう

44 謝罪と祈りと神への誓いと俺

 俺が部屋に居ようが居まいが、母には分からないのだが、心配させてまた大騒ぎになってもいけないので、『散歩に出る』と1行だけ書いたメモを残して部屋を出る。


 玄関に行くまでの途中に俺達が通された第2応接室があり、開け放れた扉から中を覗くと、何人もの使用人が片付けをしてくれていたので、俺が暴れてしまったせいで余計な仕事を増やしてしまった事に、改めて気が付いた。


 俺が壊した花瓶は、去年亡くなった祖母が嫁入りの時、実家から持ち込んで大切にしていた物だった。
 俺が落としたカーテンは、母が旅行先で一目で気に入って、船便で到着するまで一日千秋の思いで待ちわびて、カーテンレールも取り付け金具も特注した。

 そんな大切な品を……
 俺って、本当どうしようもない奴だが、あの時はダニエルを悪しざまに言われて、頭に血が上ったんだ。
 

 2度と手に入らない、代わる物はないアンティークの花瓶でした、どうか許してください。 
 俺が力任せに引っ張ったせいで、カーテンレールは曲がったかもだし、辺りに飛び散ったあの金具が、全部見つかりますように。 
 これからはもっと人も、物も、与えていただけた縁を大切にします。

 そんな風に迷惑を掛けた亡き祖母に、母に、片付けてくれる皆に、謝罪と祈りと神への誓いを心の中で何度も繰り返して、俺は外に出た。
 

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