まだ誰も知らない恋を始めよう
「食欲無い時も、果物ならどうにか入る。
 疲れている時は、甘いものをとる」

 周囲からはそう見えていたのか、とうろたえながら御礼を言うわたしの肩を軽く叩き、ヒューゴさんはオルくんを連れて、週末の雑踏の中に消えて行った。


 そんな人の優しさに触れて、わたしも気力が回復しつつあった。
 今夜もお風呂に入り、早めに寝て。
 明日にはフィンのお見舞いに行き、彼の寝顔を見に行こう。
 その帰りには、日曜恒例の……



 家の前に、人が立っている。
 兄よりも背が高い男性だ。
 夕日の逆光で顔は見えないが、わたしは誰だか知っている。

 どうして、ここに来たの?
 もう退院したの?
 記憶は失くしてないの?
 今までの事、全部覚えてる?


 1番最初に何を聞けばいいのか、頭と感情がごちゃごちゃになって、足が止まったが。

 フィンの方から駆け寄って来て、わたしは抱きしめられた。


「明日の売り切りまでには、絶対に起きなきゃ、君の荷物持ちが居ないだろ?」


 その夜、彼は終バスに乗らなかったが、兄が飛んでくる事は無かった。

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