まだ誰も知らない恋を始めよう
 フィニアスは、何がわたしを笑わせているのか分からなくて、苦笑いしていた。
 その顔も可笑しくて……ようやく、笑いの波が引いて。
 

「失礼しました、笑い過ぎた。
 あのね、マッカーシーは覚えなくていいよ、忘れて?
 わたしも父も兄も、これまでペンデルトンに足を踏み入れたことも無いし、これからも絶対に顧客にはなれそうもないから」

「忘れて、なんて……何で」

 少し怒ったように言ってくれるフィニアスに、わたしは微笑むだけにした。


 わたし達は、これが終われば。
 元に戻るだけ。
 住む世界が違う。


 だけど、わざわざ言わなくてもいいよね。
 わたしは、平和主義者で。
 人様には自分の意見を主張しない大人の女なのだ。

 何となく、その思いが彼には伝わったのだろう、さりげなく話題を変えてくれる。


「仕事先を聞いていい?」

「いいよ、シーズンズ、って知ってるでしょう?
 大学に入ってからだから、もう3年になるかな」

「シーズンズ……ムーアの店だな」

「イートインじゃなくて、テイクアウトのケーキの方でね」

 フィニアスがムーアの名前を出した。
 老舗のペンデルトンとは違い、ムーアは今の会長が一代で興した多角的経営の商会で。
 王家や高位貴族の顧客を持つ格式高いペンデルトンホテルと、裕福な平民向けの華やかなホテルクリスタルを経営するムーアは、ライバル関係だと知られていた。
< 35 / 289 >

この作品をシェア

pagetop