まだ誰も知らない恋を始めよう
 売場では、フィニアスの声は周囲に聞こえないのに、彼が覆い被さるように身体を寄せて来て、この肉美味そうじゃない?とか至近距離で言うので、耳がくすぐったい。

 この人は本当に距離感がおかしいけれど、お金を出してくれる人なので、彼のリクエストに応えて、厚切り牛肉を2枚、付け合わせの新鮮な緑の野菜、焼きたての高級パン(ケーキとほぼ同額のパン!)も購入した。


 興奮状態で購入したそれらの食品は、帰宅して落ち着いて眺めてみると。
 美食家のテーブルに饗されるのが相応しく思える。
 富裕層でもないわたしに焼かれるなんて、我が身を提供してくれた牛に申し訳がなくて、身の丈に合わない散財はこれきりにして、明日の買い出しはお馴染みの庶民派市場の肉屋さんに行くと決めた。

 だが、ただ焼いて塩を掛けるだけの、わたしの簡単調理でも最高に美味しくて、さすがに物が違うというか。
「贅沢って素敵だー」なんてフィニアスと騒ぎながら、堪能させていただいた。



 ……わたしには分かってる。
 贅沢は敵だ。

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