まだ誰も知らない恋を始めよう

16 2人で初めての体験を、と誘う彼

 今の状況が従兄のロジャー・アボットによるものかもしれない可能性に、フィニアスはうちひしがれていた。
 わたしは彼の気分を上げるべく、くだらない話を振る。


「ね、ところで、図書館では騒動は起きなかった?」

「騒動?」


 フィニアスは、何を言われてるのか分かっていないのか、あのあざと可愛い必殺技『小首を傾げる』を披露する。
 無自覚な彼の癖に、うっ、となる胸を押さえて、わたしはくだらない話題を続けた。


「見えない手が、本を選んで。
 見えない誰かが、本を開いてページをめくってる訳でしょ?
 目撃した人から見たら、それこそ悪魔か幽霊の仕業にしか」

「あ、あぁ……あのさ、ダニエル。
 座っただけのカフェテリアの椅子とかはそのままだと思うけど、俺が身につけたり、手にした所有物って、その時点で見えなくなるみたい」

「え?」

「だって、ほら、この服も皆には見えてない」

 フィニアスは自分が着ている服を、つまんで見せる。


「誰も着ていない服が単体で浮かんでいて、それが如何にも誰かが着ている風に道を歩いていたら……それこそ街中、大学中で大騒ぎになるだろう?
 悪魔祓いよりも魔法庁が動く事案になるよ」

 つまり彼が触れただけで見えなくなるのではなくて、その手に取って所有した時点で彼の一部になって、服も食べ物も本も見えなくなるから、誰も気付かないんだ。

 そんな今更な話に、言われてから気付くなんて。
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