まだ誰も知らない恋を始めよう
「この家の維持費を払っているのは兄さんだし、今でも名義はお父さんだし、お前には何の権利も無いと言うのなら。
 来年度が始まる9月からは大学の寮に入る。
 寮は食費込みでも安いから、払って貰わなくてもいい。
 仕事のシフトを増やして貰うか、他に実入りのいい仕事を探すのも有りね。
 兄さんがこの家に戻ればいいんじゃない」

「……ここのバス停からのセントラル行きの終バスの時間、それが過ぎてもこの家にエルの他に誰かの気配があれば、直ぐ分かるようにしてただけ……」

 言葉を途切れ途切れに紡ぐ兄からは、さっきフィニアスに見せた荒々しさは、すっかり消えている。


 兄がわたしを心配してくれているのは、分かってる。
 この家を出たのだって、本意じゃなかった。
 自分の仕事にわたしを関わらせたく無かったから、兄は家を出た。


 父が戻ってこないこの家で、母が亡くなってからは兄妹で身を寄せあって生きてきた。
 と言うより、母の代わりに何かと気に掛けてくれていた叔母が父と喧嘩して顔を見せなくなってからは、兄に育てて貰ってきた。

 きっとこの魔法だって、わたしを守りたくて頼んだのだろうに、きつい物言いをして申し訳ないけれど。

 本当の仕事関係者には、わたしの力を知られたくなくて、妹は無能で通してる事。
「エルには、好きな仕事に就いて欲しいんだ」と常々言われていて、そこだけは気の合わない父とも同じ考えを持っている事。

 だけど、わたしが本当に求めているのは、危ない目に遭わせたくないと隠して貰う事じゃない。

< 83 / 289 >

この作品をシェア

pagetop