まだ誰も知らない恋を始めよう
「……そうか、お前のそういう所は、本当に母さんそっくりだ。
 だが、俺の言うことが分かったら反省して、もうあの女には絶対に近付くなよ。
 あの夫婦も俺を調べていて、妹のお前に声を掛けた可能性もある。 
 国外に連れ出したお前を身代わりにして罪を着せて、ネズミの俺を排除するためにだ」

 兄が外務省に提出した履歴書には、家族覧にわたしの名前が記されている。
 同時期に夫には兄が部下として付き、妻の周囲には妹がうろちょろしだす。
 よくよく考えれば、怪しまれるのは当然なのに。
  
 アイリーンに嵌められたわたしが犯罪者になれば、自ずと父も兄も巻き込まれてしまう……無事では済まない。
 爵位の返上と失職、社会的な制裁。
 軽はずみなわたしの咎が家族にも及ぶ。


 そこまで考えの及ばなかったわたしに、フィニアスがハンカチを差し出した。
 それを受け取るけれど、泣いてる自覚はない。
 わたしは泣いていない、泣いたりしない。
 涙で誤魔化そうとする馬鹿な自分が許せないから、絶対に泣いたりしない。

 
「これからは俺が、彼女を絶対にあの女から守ります、絶対に」

 自分が情けなくて、何も言えなくなったわたしに代わって、フィニアスが兄に誓っていた。


「……なら、早く自分の身体をどうにかしろよ。
 守るどうこうよりも、そっちが先だろう」

 
 自己嫌悪で、この場から消えたかった。
 わたしは自分の事を賢いとは思っていなかったけれど、これ程考え無しの愚か者だと自覚していなかった。
 こんなわたしだから、兄は過保護な位の保護魔法を掛けていてくれたのに、わたしは何でもひとりで出来る、って思い上がってた……
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