神殺しのクロノスタシス7〜前編〜
何がどう間違って、こんなことになったんだか…。

未だに俺達は、キルディリア魔王国に引き留められたまま、帰国することが出来ないでいた。

先のサミットの最中、ミナミノ共和国に軟禁されていたフユリ様も、きっとこんな気持ちだったんだろうな。

地獄だよ。

帰りたいのに帰れない。帰る手段がない、っていうのは。

ほんと、耐えられないほどの地獄…。

この地獄の中でも、せめてシルナには、好物の菓子くらいは食べて欲しい。

「ほら、シルナ。大好きなチョコ」

俺は、再度ティースタンドを指差した。

これまで、ずっと「お預け」をされていたんだから。

きっと、喜んで飛びつくものと思っていた。

…しかし。

「…いや、今はやめておくよ」

「…」

「…どうしたの羽久。そんなバケモノでも見るかのような目で…」

…だって、バケモノみたいなもんだろ。

あのシルナが、甘いものを前に、「やめておく」とは。

天変地異かな?

…そして、シルナが今、それだけ追い詰められているという証拠でもある。

大好物のチョコレートさえ、喉を通らないほどに…。

…やっぱり、シルナのヤツ、相当参ってるな。

そりゃそうだよな。

シルナのルーデュニア聖王国に対する祖国愛は、俺よりも遥かに深く、重いはず。

その国に、戻りたくても戻れないなんて…。辛いなんてものじゃない。

苦痛以外の何物でもないはずだ。

「…でも、シルナ。最近何も食べてないじゃん」

「そうだね…。…それは羽久もだけど」

そうだけど。

「せめて何か、少し…」

何とかならないだろうか、と少し考え。

俺は、良いものがあることを思い出した。

そうだ。今こそ。

「甘いものが要らないなら…シルナ、これはどうだ?」

「え?」

「ほら。すぐりの糠漬け」

俺は、ルーデュニア聖王国から持ってきた荷物の中から。

出掛けにすぐりが持たせてくれた、例のタッパーを取り出した。

まだ忘れてないぞ。

すぐりと、園芸部の仲間達が作ってくれた、大根ときゅうりの糠漬けは。

すぐりと令月が共同で開発したという、自然に優しい、身体にも優しい防腐剤を混ぜ合わせた糠床の中で発酵し。

密閉されたタッパーに入れられ、日の目を見るのを今か今かと待っていた。

そうだ。お菓子が駄目なら、糠漬けを食べよう。

…そうはならんやろ、って感じだが。なるのだ。

「すぐりと令月、それに園芸部の部長が、一生懸命作ってくれた糠漬けだぞ」

「ツキナちゃんだよね」

そうだな。

「まさか、要らないとは言わないよな?」

「い…言わない言わない。もらうよ」

「よし」

好物のお菓子より、自家製糠漬けを選ぶとは。

だけど、たまには良いんじゃないか。

故郷の味、ってやつを楽しむとしよう。
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