内緒でママになったのに、溺愛に目覚めた御曹司から逃れられない運命でした。
(大丈夫。私が海老原清光の娘だなんて普通はわからない)
彼が海老原清光の名前を口に出したからといって、藍里の正体に気づいたとは限らない。
藍里は気持ちを落ち着けるように、太ももの上に重ねた手をぎゅっと握りしめた。
蒼佑はそんな藍里の様子には気がつく気配はなく、話を続けた。
「あの渚の母娘の絵は海老原画伯のものに本当によく似ている。この波の表現なんか特にそうだ。色使いもタッチも似ている点が多い」
「お詳しいんですね」
「実は海老原画伯の十年来のファンなんだ。画集も持ってる」
「そうなんですね……」
「まあ、こんなところに海老原画伯の絵があるとは思えないけど」
「そ、その通りですよね!」
藍里は蒼佑の気を逸らすために、大仰に同調してみせた。
(うう……。ごめんなさい)
良心がズキズキと痛み出して藍里は心の中でこっそり蒼佑に謝った。
父のファンである彼にだけ真実をこっそり打ち明けることもできたが、作者について話したら自分の身の上まで話さなければならない。
それだけは避けたかった。
実は先日、藍里の父親が海老原清光だと同僚に知られてしまったばかりなのだ。