内緒でママになったのに、溺愛に目覚めた御曹司から逃れられない運命でした。

「いいのか?」
「いいもなにも。そもそもこの絵は蒼佑さんが購入されたものですし」
「俺が聞きたいのは建前ではなく藍里の本心だ」

 大空を駆ける鷹は、結婚と引き換えにしてでも手もとに置きたいと願った絵のはずだ。
 どういう心境の変化があったのか、蒼佑にはさっぱりわからなかった。
 藍里はひとつひとつ慎重に言葉を選んだ。

「毎日、父の絵を眺めていて思ったんです。こんなに力のある絵をひとりで独占していて本当にいいのかなって。もっとたくさんの人に見てもらった方が絵も幸せなんじゃないのかって……」

 藍里はさらに明るい調子で力説する。

「それに、二度と会えないわけじゃありませんから! 蒼佑さんに預けておけば、なにも心配ありません」

 藍里は蒼佑なら絵を大切に扱ってくれると確信しているようだ。全幅の信頼が心地いい。

「ありがとう、藍里」
「そ、蒼佑さん……?」

 蒼佑は愛着のある絵との別れを決断してくれた藍里を力いっぱい抱きしめた。

(俺の目に狂いはなかった)

 フィレンツェで感じた直感は間違っていないかった。
 藍里こそが蒼佑の最大の理解者であり、生涯の伴侶である。

「必ず成功させてみせる」
「はい」

 藍里の期待に応える決意をした蒼佑はけなげな愛しい妻の唇に自分のものを重ねた。


< 115 / 187 >

この作品をシェア

pagetop