内緒でママになったのに、溺愛に目覚めた御曹司から逃れられない運命でした。
(やっぱり隠しておく方が無難よね)
ここでまた蒼佑に自分の正体を打ち明けて、変な空気になるのも躊躇われる。二の轍は踏みたくない。
「もうフィレンツェの観光は楽しんだ?」
「はい」
ここ数週間の出来事を回想し終えた藍里は気を取り直して、蒼佑との会話を楽しむことにした。
「ミケランジェロ広場には行った?」
「はい。広場から街が一望できてすごく素敵でした。ウフィツィ美術館にも行きました! 私、もう圧倒されちゃって……」
「美術館もいいけど、ドゥオモも見逃せないよ。立っているだけで思わず神の存在を信じたくなる美しさだ」
「うわあ、行ってみたい……」
「いまだに当時の形のまま残っているなんて本当に素晴らしいよ。日本だとこうはいかない」
蒼佑の絵画や建造物に対する知識は藍里以上だった。
藍里は父の影響もあり、古くから美術品に対してある種の親しみや尊敬の念を持っている。
ところが、これまでお付き合いした男性の中には、藍里の価値観を『高尚なもの』だと侮蔑をこめて決めつけられることもあった。
でも蒼佑は違った。
藍里の言葉に耳を傾け、ときに頷き、ときにはユーモアを交えて独自の理論を語ってくれる。