内緒でママになったのに、溺愛に目覚めた御曹司から逃れられない運命でした。

(どうかバレませんように)

 蒼佑がアトリエの前にいる理由なんて、今はどうでもいい。
 決して知られてはいけない。

 ――璃子が彼の子どもだということを。

 しかし、藍里の願いは神に聞き届けてもらえなかった。
 やはり、脈々と続く血の繋がりをそう容易く誤魔化せはしないのだ。

「もしかして、俺の子なのか?」

 蒼佑が弾き出した結論は的を射ていた。
 もうすぐ本格的な冬が始まるというのに、身体中の毛穴からドッと汗が噴き出て止まらなくなる。
 どうやら、神様は一度手にした絵筆を簡単には置かせてくれないようだ。
 中途半端なまま放り出した未来予想図を最後まで描きあげろと言わんばかりの容赦のない仕打ちだ。
 藍里は伏せていた顔を上げ、恐るおそる蒼佑を見つめ返した。

(なんて綺麗なの……)

 三年振りに眺める黒曜石のような濁りのない瞳に、胸がトクンと高鳴る。
 藍里の脳裏にあの夜の記憶がにわかに蘇ってくる。

『藍里――』

 濁りけのない澄んだ瞳に心惹かれた。
 いつまでも眺めていられたらと本気で願ったあの日から、藍里の運命は大きく動き出したのだった。

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